三救では、五月五日の祭典は世の中の状勢を鑑み、インターネットによるオンライン参拝と、『天恩地惠 5月号』をもとにした、それぞれの御神体御奉斎拠点での参拝といたします。
事前にお配りさせていただいた『天恩地惠 5月号』を手元にご用意いただき祭典に臨んで頂きますようお願いいたします。
オンラインの場合、10時~10時30分までの間にオンライン会議室に入室され、接続確認後、参加者の皆様には音声をオフしていただき参拝されますようお願いいたします。
また11時30分からの『覚りの旅』からの参加でも大丈夫です。
なお、当日10時30分以降のオンライン接続に関する問い合わせはご遠慮ください。

『天恩地惠 5月号』がお手元に届いていない方のためにブログに掲載させて頂きます。
三救 責任者



                                             

主之大御神様御神体御出現記念祭

『覚りの旅』を兼ねる

 令和二年五月五日


三救責任者挨拶

 

皆様、『主之大御神様御神体御出現記念祭』おめでとうございます。

それぞれの御神体御奉斎拠点において祭典を執り行われる方や、参拝拠点がなく、遥拝をされる方もあろうかと思います。

そういう意味では、皆様方お一人お一人が、祭典の意義を求める絶好の機会なのだとこの状況を前向きに受け止めて頂ければありがたいと思います。

 

三救の主宰神は『主之大御神』様です。

主之大御神様について、『これを表現し奉る言辞もなく、文字もなく、ただ無限絶対の力徳の中心であり、一切の根源であると申すよりほかはないのである。』と御教え賜り、私達は「主之大御神様は、限りなく、高く貴く偉大なご存在で、ただただ崇め奉る以外術(すべ)をもたない」という姿勢で参拝させていただいております。

 

先生は、地球上に初めて主之大御神様の御神体が、お現われになられたことを寿(ことほ)ぎ、毎年五月五日を『御神体御奉斎記念大祭』として、玖珠の地で積み重ねておられたのだと拝察いたします。

その想いを受け継がせて頂き、昨年より三救におきましては、『主之大御神様御神体御出現記念祭』として厳粛に祭典を執り行わせて頂いております。

 

2021年は

御教え 『御教え集』18号、昭和28215日発行

「二十」と いうのは「天地を結ぶ」ということです。つまり「王」という字みたいですが、二十は霊体を結ぶということになります。ですから私は結婚の日取りを決める場合に二十何日と、二十を一番よく使います。これは霊体、陰陽、男女、それを結ぶというのですから、たいてい私は二十一日を選びます。これは二人を結んでそれから始まるというわけです。

 

の御教えにありますように、天と地を結んで始まる、霊体・陰陽を結んで始まる。あるいは東洋西洋を結んで始まる年であります。

そのように考えれば希望が湧いてきませんか。

 

このような混乱している時期には、やめる勇気・変える智慧・出来ることをコツコツ継続する努力を求められるのだと思います。

 

皆様の勇気・智慧・努力の協力を仰ぎつつ、『覚りの旅』を継続してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

祭典の意義を求めますと、始まりである昨年の挨拶文が重要になって来ますので、振り返ってみたいと思います。

三救責任者挨拶                     2020年5月5日

皆様『主之大御神様御神体御出現二十周年記念大祭』おめでとうございます。

先ほど司会から意義の説明がありましたように、本日は地球上に初めて主之大御神様の御神体が現れて二十年の佳き日になります。

本日は令和の時代を迎えての初めての大祭となりました。

四月一日の新元号の発表は、一日祭の勉強会の最中で参拝者の方々と拝見させていただきました。

「令和」と発表され説明をお聞きし、万葉集が出典であり、梅の花の宴会(歌会)の序文である事、楳木先生のお名前の和麿の「和」のお文字が入っていることに吃驚いたしまして、さっそく万葉集を調べてみました。

九州の大宰府に師匠を慕って集い、宴会、歌会を催すのです。

そして思い思いに語り合う、みんな非常に良い気持ちになります。満ち足りるのです。

昔の人も梅の花を見て楽しみ語り合った。今も昔も変わらないではないか。

膝を突き合わせて語り合おうではないか。そういう情景を詠んだ序文なのです。

ハッとさせられませんか。お前たちもいろいろあるだろうが師の家に集まって語り合えと。今のメシヤ教の状況を憂えて先生が元号にまで働きかけたのかと思ったのです。

令和の令は零(ゼロ)であり霊(レイ)です。霊主体従の礼節を重んじる世の中にゼロスタートの気持ちで和(やわ)していく時代のスタートであると思います。

メシヤ様の御教え、楳木先生の残されたメシヤ講座は後世に伝えていく使命が私達にはあるのだと思います。だからこそ先生は皆様と縁を持たれた。因縁があったのだと思います。

先生は「メシヤ様に直に太く直結しよう」というスローガンを早くに打ち出されました。そして平成28年のメシヤ講座では「組織ではないのだと。今は地球を光の玉は覆いつくしているのですから地球上のどこにいてもメシヤ様を認識しさえすれば直に太く繋がることができて、誰でも素晴らしい力強い、浄霊力を発揮できることになるのだ」とご教導くださいました。

メシヤ様は世界救世(メシヤ)教をおつくりになられ、「世界」を冠しました。

世界布教というのは、救世教三派他メシヤ様関連教団のことだけを言っているのではありません。仏教もキリスト教もイスラム教も神道もすべての宗教も包含する超宗教なのです。

そしてその時代には宗教もなくなると御教えくださいました。

宗教も不要となる世界をつくるための機関としてのメシヤ教なのだと。御教え下さったわけです。そしてメシヤ様そのものが機関であるとおっしゃいました。

つまりメシヤ様を認識し、メシヤ様のことを述べ伝えお力を頂いて浄霊をしていけば良いわけです。

それが地上天国建設につながっていくのです。

日々「神格を頂く道」「天国的生活」を心掛けて生活させて頂ければよいのです。

組織という概念を無くして(れいにして)メシヤ様に直に太く繋がってまいりましょう

本日はおめでとうございました。

このように挨拶(メッセージ)させて頂きました。

先生は『御神体御奉斎記念式典』として五月五日は祭典を執り行っておられました。その想いを受け継いだ祭典と致したく、『主之大御神様御神体御出現記念祭』として三救で、あるいは主之大御神様を主宰神とする拠点やご家庭で執り行って頂きたいと思うわけです。

 

私は平成三十年の八月に、メシヤ教を離れ、『覚りの旅』を復活しました。

組織ではないのだと、メシヤ様のご精神を伝える、先生の想いを受け継いでメシヤ講座を伝えていくことが大事なのだと、そのような想いが沸き上がり、令和を迎える直前に、次のような投稿をさせて頂きました。

 

()あまがした ()やわして巡る日月こそ (三重)みえたる (九州)くすの 光かな

20190430

 ()あまがした ()やわして巡る日月こそ (三重)みえたる (九州)くすの 光かな    

                                                 〈はま〉

これを詠んだのは、和は和麿であり、先生のご意思を継いでいく。ということ。

それは、モノではない。組織ではない。建物ではない。メシヤ様のご精神を伝えていく。

先生の想いはメシヤ講座で教えられています。その思いを受け止めて行動していく。

何ができるかはそれぞれに因縁の深さがありますから異なってくると思います。

世界救世(メシヤ)教復興の本来の意味を求めて行動していく。

 

※世界というのは、メシヤ様関連教団だけのことを言っているのではないと思います。

仏教もキリスト教もイスラム教も神道も全ての宗教を包含する世界的宗教の仮称を世界救世(メシヤ)教と言っておられるのであり、全ての宗教が包含されるようになった時に、地上天国となり、宗教は必要なくなる世界となるという事なのだと思います。

 

メシヤ様の想い、先生の想いに常にピントを合わせ、学んで覚ったことを皆に話していく。そうすることで、想い、思想が伝わっていくのだと思います。

組織ではないのですから、メシヤ様を信奉する想いでの行動であるならば、どこに所属していようとも遠慮はいらないと思います。

『やわす』には、深い意味があります。

『やわす』は「深い核心レベルでの融合」、またそれによる「中和・緩和・調和」の意を表す場合が多い。また『やわす』は「陽の挙動に対する陰の反応」を表す言葉でもある。陰と陽は互いに引き合って合体する宿命にあるが、陽のストレートなアプローチ「攻め」に対して、陰はいったん「退き」の反応をとる。その後も陰は「付かず離れず」の態度で衝突を避け、ゆっくりと距離を縮めていき最終的に合体融合する。

 

そして令和を迎え、57日に次のように投稿しております。

梓(あずさ)

20190507

 

令和の時代が始まりました。

皇室にはお印と言ってシンボルマークのようなお名前の代わりとなるものがあります。

徳仁天皇陛下は梓(あずさ)です。

本を出版することを上梓と言ってこの梓(あずさ)の字を使いますね。

建築や出版に使われる日常生活に欠かせない貴重な材木だそうです。

 

この梓の字を考えてみますと木は国の霊返しだと御教えにあります。

立の下の十は経(たて)緯(よこ)を結んで立つ国が日本なのだという意味になるかとも思います。

そして、徳仁陛下のお名前はつくりは十と四と心、そして行人偏ですね。

四つの心を結んで行する。

四魂を結んで(調和して)行するのが徳だということが言えるかと思います。

 

四魂

 

四魂については御教えに『四魂の調和した働きを伊都能売の働きと言い、観音行である』

とありまして、

 

荒魂(あらみたま)ーーー勇気  強盗はダメ        勇

奇魂(くしみたま)ーーー智慧  叡智〇 奸智× 才智×   智

幸魂(さきみたま)ーーー慈悲  人を幸せにする気持ち   愛

和魂(にぎみたま)ーーー人と親しむ 怒らないこと     親

 

徳というのはこの四魂を結んで(調和して)行う。

伊都能売の働きを令和の時代は行っていくのだと。

その働きを日本という国は霊の国なのですから他の国の規範となって霊主体従の活動を私達御教えを学んだものが行っていくならば、必ずや地上天国は建設されるのだと思います。

 

楳木先生がご帰幽されしばらくしたころ、妻が三救の御神前で「モノではない」「楳木は儂の元で働く」というお言葉を聞きました。

先生がメシヤ様の元で働かれておられることは明らかだと思います。

「モノではない」ということを二年間問い続けてまいりました。

「モノではない」ということは組織運営や建物ではないという事ではないかと思うのです。

 

「メシヤ様の御精神を現代に伝えていく」ことが先生のご精神を現代に伝えていくことであると思うのです。

 

歴史は繰り返します。

昭和においてメシヤ様がご帰天あそばされ、二代様が世界救世(きゅうせい)教の教主として立たれ、御教えの95%が非公開になされるということが起こりました。

当時いくつかの教団が離脱しました。

私が楳木先生と出会う前の平成11年に私は京都のN先生の御教え研鑽会に学びましたが、そのN先生も離脱され、このままでは御教えが隠され、メシヤ様のお言葉を神様のお言葉と認識できる人、伝えていける人が皆無になってしまうと危惧され、御教えを収集され、御教えの編纂に努められました。

御教えを隠すことはメシヤ様を隠してしまうことだと、若い皆さん方が(当時私は30代でした)御教えを学んで伝えて行かなくては地上天国は成りませんよ。と熱く語っておりました。

平成11年ですからちょうどその年ですね、楳木先生は玖珠の地に初めて主神様の御神体を奉斎され、浄霊力伝授活動とメシヤ講座に取り組まれ始めたのです。

先生が生涯をかけて各地に細目に足を運ばれ、インターネットで発信されたメシヤ講座は180号に及びます。

霊層界の段数も180段ですね。メシヤ講座の一回一回の積み重ねが霊層界の階段を上っていくように、天国への道しるべをお示し下さっておられたのかもしれません。

現界から霊界へ籍を移してもなお、私達を誘ってくださっておられるのだと思います。

 

「メシヤ様の御教え」「メシヤ講座」は隠すことなく伝え続けていくことが私達メシヤ様の信者、そして楳木先生に御縁を頂いた者の使命ではないかと思っております。

メシヤ様を再び押し込めてはならず、先生もお隠ししてはなりません。

学びたい、伝えたい、取り次ぎたい そう思いませんか。

 

どうしたら御教えを、メシヤ講座を伝えていけるのだろうか。

議論の中心はそこになくてはならないと思っています。

 

この想いがあったからこそ、今年の325日に『メシヤ講座・特選集』を『天恩地惠』として纏めることができました。引き続き『メシヤ講座・三重』『メシヤ講座・浜松』と順次纏めてまいりますので、楽しみにして頂きたいと思います。

 

平成275月のメシヤ講座から、メシヤ様に求める姿勢を再確認させて頂きたいと思います。

メシヤ講座・特選集no.172(平成275月分)

16年前の本日、主神様の御神体を前の本部(私の実家)で御奉斎した時には、僅かな人数で御神体御奉斎式を執り行わせていただきました。そこから少しずつ心ある方々が参画していただいて、参画していただいた方々の誠とその信仰心によって、次はその方々に繋がる霊線によってメシヤ様の御光が行き渡りつつ段々とこうして大勢の方々がお集まりいただくようになりました。私達がまた、更にメシヤ様を求めてメシヤ様と自分との繋がりが太くなって御光が注がれてくると、そこから更にまた霊線に繋がる方々にメシヤ様の本来の御光が行き渡りまして、そして、その方々がまた繋がる。この積み重ねでない限り御神業というのは拡大されていかない訳であります。

 

拡大されていきます時に取り組ませていただくことは・・・。

 

フランスからのメールに対応しているわけですが、その答え方がなかなか難しいものがあります。“主神様の御神体をいただきたい”ということと“メシヤ様のことをフランスに広げたい”という思いが切々と伝わってきます。一番興味を持っているのはやはり『浄霊力』です。『浄霊力』が更に強まって大勢の人に『浄霊力』を授けて行きたい、ということです。

 

同時にこちらから伝える内容は、折角浄まった魂あるいは自分の体が、再度汚れてしまったり魂が曇ってしまうとですね、幸せというのが広がっていかないので、そうした時に大事なことは食生活だけではなくて“日々の心言行をどのように清らかなものにしていくか”ということであります。どうしても『浄霊』だけで広まっている場合には、メシヤ様の教えの実践が疎かになる嫌いがあり・・・、魂が再度曇らない、また『霊体一致の法則』で体を汚さないようにして魂を曇らせない、という取り組みをしていかない限り世界平和は生まれない、ということを返事しまして、それに対してまた夕べ夜遅く質問が来ているのですけれども・・・。(笑い)

 

少しずつ体を汚さない、魂を曇らせない取り組みが世界平和に繋がっていくか、という質問が次に来るだろうと想定して、次に書く事を決めているのですが、結局は戦争というのは精神病ということですので・・・。

 

そして、その精神病の原因は薬毒でありますので、薬毒を排除しない限り人類の健康も勿論ですが世界平和は実現できません。これからより一層この『薬禍薬害』ということを広めて行かなければ行けない、と思わせていただいております。

 

霊線に繋がる方々にメシヤ様の御光を行き渡らせる。その積み重ねによってこそ御神業が拡大されていく。『浄霊』だけで広まっている場合には、メシヤ様の教えの実践が疎かになる嫌いがあるから、御教えに裏付けされた日々の心言行と食生活が大切であることを学ばせて頂けたと思います。