御用がなければしようがない

御講話(S28年6月26日)
 これからは、危ないという病人にはかえって“駄目だ、死ぬ覚悟をしなさい。神様はあなたに御用があれば助けてくださるし、御用がなければしようがない”というように宣告した方がよいです。それでまた家の人の執着もたいへんな災いをするのです。“助けたい助けたい”という霊的の執着が邪魔します。神様の御守護によって助けるということですから、家の人が執着でそう思うと、その家の人の霊が本人に行って取り巻いたり、霊につながります。そこ で神様の方と言っても正守護神ですが、正守護神が働けないのです。また特に家の中に反対者がある場合、医者にかかれ、かかれと言っても、かからないでいる。それで助かると自分の面目にかかわるから死ぬようにと思うから、これはよけい強い妨害になります。ですから、どっちも執着は妨害になります。だから病 人をできるだけ忘れるのです。忘れるということは、死んでもよいと言って葬式の考えでもした方がよいです。そうすると執着の霊がつかないから、そこで正守 護神が充分に活動できます。ですから今言ったとおりに知らせるということは非常によいのです。ですからそういう方針にした方がよいです。