メシヤ講座特選集1〜7巻については、既に在庫がなくなりました。 (2020.4.16時点)
内部資料として、三救で行う『覚りの旅』で使用する書籍ですので、通常外へ出すものではございませんが、三救の活動をご理解いただける方で、メシヤ講座を書籍で読んで学びたい。という人にのみ実費相当でお分けしております。
なお、ある程度申し込み数をまとめて印刷しますので、印刷部数により費用は変動致します。
次回印刷は現時点では未定です。
ひやかし等は固くお断りしておりますので、当ブログのメッセージボードより直接の連絡をお願いいたします。

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楳木先生が帰幽されて、2020325日で3年になります。内部資料ではありますが、先生の生きた証でもあり、後世に伝えていくべき『メシヤ講座』を形にできましたことは、神界、霊界からの御守護の賜物と感謝申し上げます。

171-180

 

はじめに

メシヤ様の御教えとメシヤ講座は、弟子である私達が、後世に伝えていくべき宝であります。一人でも多くの人が、その恩恵に浴し、来るべき地上天国の住人となることが許されることを願ってやみません。

このような想いを持って、三救(救いの三本柱)では平成三十年八月より『覚りの旅』を復活し、毎月研鑽を重ねております。

 メシヤ教の活動はメシヤ講座での学びが基本でありました。

楳木先生がメシヤ講座において〝覚りの旅〟を始められたのは先生が霊界へ旅立たれた後も、それぞれの拠点において〝覚りの旅〟を続け、霊性を向上させ、地上天国建設の核となれる存在となっていって欲しいとの想いが込められていたのではないかと拝察いたします。

 情報弱者と呼ばれる方々も、視野狭窄に陥ってはいけないのです。メシヤ講座を学び直すことは、決して古い情報、過去に戻る事ではありません。メシヤ講座は、メシヤ様の御教えを現代に伝える方法をご教導下さっております。科学の発展や世の中の状勢を分析し、御教えを現代に伝える方法を指し示して下さっておられるのです。景仰を拝読させていただくと、メシヤ様は時所位に応じて御教えくださいました。私達も相手目線に立って、信者さんにも未信者さんにも他の宗教の方にも外国の人にも伝えていこうではありませんか。

 今回掲載の171号~180号でメシヤ講座は完結となります。平成21年から22年にかけて行われたインタビュー形式のメシヤ講座・番外編119号も掲載いたしました。

 なお、巻末に目次を作成しました。学びの一助となるならば幸いです。

 

メシヤ講座とは

メシヤ講座は「教・論・律」の確立を目指して学び合いをする場です。
・「教」とは、岡田茂吉教祖の全論文、全講話、全詩歌です。
・「論」とは、「教」に照らして世の中を見つめ周辺に起きる事象を判断することです。
・「律」とは、論に基づいてどのように生活をするかということです。
メシヤ様の御教えを基にして世の中を見つめ、周辺で起きる事象を判断して自らを見つめ、どのように生きるかを求めます。
メシヤ様の御存在と出会ってもその恩恵に浴することができていない方には、御守護をいただく秘訣を提供します。



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編集後記

楳木先生が帰幽されて、2020325日で3年になります。内部資料ではありますが、先生の生きた証でもあり、後世に伝えていくべき『メシヤ講座』を形にできましたことは、神界、霊界からの御守護の賜物と感謝申し上げます。

メシヤ教に集い、先生の元でメシヤ講座を学んだ仲間も、今はそれぞれの道を歩んでいます。

「人間にとって、尊重に値するのは、宗教団体の機構ではない、宗教のはたらきである」との宗教学者の岸本英夫氏の著書「宗教学」からメシヤ教のホームページの「メシヤ教とは」に先生の目指す宗教概念を引用されておられました。

メシヤ様は『救世(メシヤ)教とは何ぞや』の御論文で『純然たる宗教ではない』『空前の救いの業』と思えばよい。と御教え下さっております。

大事なのは組織ではなく救いの業なのです。この根本的思想はメシヤ様も楳木先生もそして現代に生きる私達も共通しているものであると思います。

「本来の人間生活を取り戻す」という現代における宗教の役割を担うとの先生の想い溢れる「メシヤ教とは」を掲載し編集後記とさせていただきたいと思います。

メシヤ教は「メシヤ様という御神格を認識し、直に太く繋がることにより恩恵を賜ります」と宣べ伝え、メシヤ様が唱道する『宗教改革』『医学革命』の実現を通して「本来の人間生活を取り戻す」という現代における宗教の役割を担います。この取り組みを世界へ拡めるために「世界救世(メシヤ)教」の復興を推進しています。

『救世(メシヤ)教とは何ぞや』

この文をかくに当って、前以て断っておきたい事は、我救世(メシヤ)教は純然たる宗教ではないのである。といっても、一部には宗教も含まれてはいるが、全部でない事は勿論である。では何故救世(メシヤ)教の名を附けたかというと何しろ有史以来夢想だもしなかった処の劃期的救いの業である以上、止むを得ずそう附けたまでであって、特殊の名前を附けるよりも、この方が分かり易く親しみ易いからで、これを率直に言って宗教以上の宗教、即ち超宗教であり、空前の救いの業と思えばいいのである。

[メシヤ様御論文『天国の福音書』序文冒頭より 昭和29825]

「宗教」と耳目にした際、「宗教団体」を連想し違和感を覚える方が多いのではないかと思いますが、近年日本の文化が世界的に見直され、日本を訪れる外国人が増加し、世界の宗教と民族の関わり合いについての理解が深まって参りました。宗教学者の岸本英夫氏は著書「宗教学」のなかで、「人間に究極的な理想を与え、人間の問題に対して究極的なかかわりをもつものを、宗教と見なす」という前提のもと、「人間の問題と、ほんとうに取り組んでゆくことができる力をもった宗教だけが、時代を超えて、存続し、その役割をはたしてゆくだろう。人間にとって、尊重に値するのは、宗教団体の機構ではない、宗教のはたらきである」述べています。

また、縄文遺跡を通して探れば“古代の人間生活は宗教そのものである”という理解も普遍化して参りました。古代宗教の役割と首長を中心にした集落の運営が一体となって生活の秩序が保たれ、安定した社会が三千年余の期間続いていることが判明したからです。そして、現代の文化形態は、古代の人間生活つまりは宗教の要素が遠心分離的に発展してきたもので、現代生活は至便にはなってきたものの本来の人間生活が宗教であるという概念を喪失したことに比例して諸問題が発生していると考えられます。

一方、科学の世界では、自然界の研究を進めるごとに、あるいは法則的な発見を重ねるごとに、「どうしても人間を超えた存在を想定しないわけにはいかない。そういう存在を私は『偉大なる何者か』という意味で十年くらい前からサムシング・グレートと呼んできました。」(村上和雄著「生命の暗号」)とする謙虚で真摯な研究姿勢を持つ科学者も現れ、創造主に対する潜在的な認識が顕在化したものと推測されます。偉大なる発見と雖も創造主の「創世した仕組」の一端を発見したに過ぎず、創造主に対する感謝の念を幾重にも沸かせてくれます

メシヤ教は、創造主である主神様より直接御啓示を賜った岡田茂吉教祖をメシヤ様と尊称し、「メシヤ様という御神格を認識し、直に太く繋がることにより恩恵を賜ります」と宣べ伝え、「本来の人間生活を取り戻す」という現代における宗教の役割を担うことで、真善美の完き恒久平和の理想世界実現に専心しています。

メシヤ教代表 楳木和麿