教師の御用は因縁によって色々違う事        地上天国29号 昭和26年10月25日
「最近各支部の月並祭後、信者を浄霊中、自然に憑霊現象が起るようになり、なにかといろいろ霊界または霊的のことを勉強させられております。よく信者の御先祖が救いを求めて出られたり「位牌を作ってくれ」とか、「位牌の祀り方の傾が違うから直してくれ」と出られますので、できる限りのことはしておりますが、ある先生のお話などを聞くところによれば「あまり親切に霊の救いをすると、いくらでもたよってきて限りないし、そうしたことをしていると物質までみんな0(ゼロ)になる」と言われます。私は頼ってくるからにはみんな霊線がつながっているから頼ってくるのであって、むちゃくちゃに頼るわけはないと思います。なお霊を救ってやれば必ず感謝の想念はいつかは物質化するものと思われますが、いかがなものでございましょうか。右に対し、なにとぞよろしく御教示のほどお願い申し上げます。」
『右のようなある先生には困ったものである。○○の一つ覚えのように、融通がきかないのだから。こういう先生は、千変万化、自由無碍、応身の教えに外れている。この意味によって霊的事象も、人により所により、時によって正邪、善悪いろいろある。これを見分けて適当に処理することが、できるようになれば一人前の本教信者である。
 従って、この人の憑霊は、この人にこの御用があるのだから、なんら心配なくやればいいのである。すべて人によりそれぞれ違った御用があるのだから、単なる自己判断で決めるのは最も間違っているから、その点よく心得てもらいたいのである。ちょうど芝居に例えればよく判る。いろいろな役があるからおもしろい芝居ができるのと同じである。』