因縁

1 布教させて戴くのは因縁に由る事 
  働きのない教師は余り価値がない事    御光話録7号 S24年 4月23日
――資格者が、自分は罪が深いから尊いお道のお手伝いをさせていただくと考えることと、自分は神より選ばれた人間だといくぶん高く評価する考え方とはどちらが正しいでしょうか。
『別に……どちらも正しいですよ。罪が深いから働くって言うのも変ですよ。罪の深い浅いじゃないんです。罪が深いからって言うんなら、殺人強盗にもいい機関なんですが、(笑声)やはり因縁ですからね。それから神様に選ばれた人間だと思うことはいいけど、別に高く評価する必要はありませんよ。無論選ばれたには違いないが、それだけじゃ高い価値はありませんよ。この教えにも因縁、系統で入ったんですからね、それから働きがあって非常に仕合せになり、いい地位になったら、それだけ高く評価するのはいいですけどね。だからこの信者になったからって、ただ選ばれただけでなにもしないって言うのは間違いですよ。』

2 無い命の助かった人は神様の御用に奉仕すべき因縁にある事
    御光話録6号、昭和2年4月23日
『もうぜんぜん駄目だと言われた人がこちらによって生き延びた場合、その人の命は前のものと違うんです。私有財産ではなくなるんです。神様が必要があって寿命を延ばされたんだから、神様のお役に立つ仕事をしないといけない。このようにして救われた人が、また金儲けだとかなんだとかいい加減なことをやり始めると、その人はきっと駄目になります。以前に鉱山をやっていた人で、心臓が駄目になって死にかけたとき御浄霊ですっかりよくなった。すると、また鉱山のほうに夢中になり始めたので、治してやった人がいろいろ言いきかせたけれどもどうしても聞き入れない。そのうちにすぐまた死んでしまったということがありましたがね。これは大切なことです。』