御教書のお取扱い   御教え集20号〔S28年3月15日〕
『今度のお蔭話で、栄光に出しますが、そういうようなことに関して九州の坂井さんの話ですが、いろいろな例があります。病気で、浄霊でどうもうまくいかない、それで気がつくと、私の書いたものとか栄光新聞というものを調べると、ふつうの日刊新聞の下にあったり、はさまったりしているので、これだなと思ってとると、病人が良くなるというので、実にはっきりしているのです。
 それから私の書いたものですが、これはまた凄いのです。その上にほかの物がのっていたりすると、とてもわけの分からない苦しみがあるのです。昔、私が宝山荘にいる時分に、その部屋がどうも気持ちが悪いのです。私も気持ちが悪いし、誰でもがそうなのです。それでその部屋に行くと、みんな病気みたいになるのです。それでおかしいと思ったが、どうも分からないのです。ところがほかの人からもらった、ふつうの人間が書いた色紙が柱掛けにかかっていたのです。それで気がついて、それをとってみると、その裏に私の色紙がはいっていたので、これだなと思ってそれを外したら、それですっとしたのです。今度のお蔭話にいろいろ書いてありますから読めば分かりますが、これは大いに注意することです。それで病気になって幾日もなおらないのですが、分かってみると、すぐなおってしまうのです。よく子供の病気などであります。それはなにかというと、順序が違うからです。ですから私は家にいても栄光新聞は決して下におきません。それから私の書いたものとか写真は決して下におきません。それは人ばかりでなく、私自身もなんだか気持ちが悪いのです。ですから順序くらい軽くみることができないものはありません。』