○『最後の審判』は神の恵みによって形が変わる


『御光話録』19号、昭和25(1950)613日発行

  ――「世の終わり」の様相を予言して、『聖書』では「其の時、その患難(なやみ)ののち直ちに日は暗く、月は光を発(はな)たず、星は空より隕(お)ち、天の万象、ふるひ動かん」などと表現されてありますが、これは実際にこのような状態になるものでしょうか。

 

  これはね、一つの寓意的なものなんだろうと思うんですよ。「大きい雹(ひょう)が降ってその重さ一タラントあり」とか「火山が噴火して川も熱湯のごとし」とかありますがね。実際にこういうことになるんじゃないんだろうと思いますがね。

  世の終わり、つまり「最後の審判」ですね、これはきびしいものなんですが、そこに、神の恵みによって他の形に変えてくれることがあるんです。それは、つまり人類を助けてくださる神様の大慈悲ですね。そういう場合があるんですよ。

  米ソのことなんかでも、私はこの正月ごろにはずいぶんやかましく言ったんですがね、あれから後でちょっと神様が御経綸をお変えになった点があるんです。詳しいことはいまに話しますがね。ですから、米ソ戦なんてものはね、世間の人が見るような見方と大いに違う点ができるわけです。これは私最近神様から知らされましたがね。……神様ってのはね、実に大きいんですよ。まったく、原爆戦争が起れば人類は滅亡しちゃいますからね、滅亡しなくてもすませるように予想外のことが起きてきますよ。いま言い得ることはね、ソ連の国内事情でちょっと意外なことが出てくるんですよ。それでよほど形が変わってくるんです。