令和2年1月
覚りの旅 令和2年1月度 勉強会を終えて

三救責任者
新年祭おめでとうございます。

参加者一同
おめでとうございます。

三救責任者
全宇宙の御経綸に感謝申し上げますと共に、地球上に「真善美完き恒久平和の理想世界建設」の実現が許されますように、謹んでお祈り申し上げました。そして、今年が皆さまにとって御守護の多い年でありますようにお願い申し上げました。
さて、皆様方の今年の抱負はどのようなものでしょうか。
特選集36号平成16年1月のメシヤ講座を引用してご挨拶させて頂きます。
平成16年というと、私はまだ〇〇教団に居りました。そして、この頃のメシヤ講座をネットで見て先生とご縁を頂いたわけです。ネットでの発信ということは良きにしろ悪しきにしろ力があります。メシヤ様に直につながりたいと思っても、方策が見つからない情報弱者の救いの手になると思うのです。だからこそ今こそ初心に返るべきと思うのです。

そういうことで、メシヤ講座から
私達は、大きくは地上天国建設のために祈りと誠の奉仕を捧げております。「浄霊力の伝授」活動と「メシヤ様の教えを宣べ伝える」活動を進める御神業に臨ませていただいております。
そして個人としては、よりよい生活を送ることができるように、日々いろいろな課題に取り組み、一歩一歩向上を目指しております。
私達の役割と御守護いただくあり方は、御教え『人間とは』で明確に述べられています。家庭慰霊祭の式次第の中で拝読させていただく教えです。
『本来、人間というものは、神様の御目的たる理想世界を造る役目で生まれたものである以上、その御目的に叶うようにすれば、いつも無病息災愉快に働ける。これが不滅の真理である。
そうして神は一人一人それぞれの使命を与え、特徴を持たせ、生き変わり、死に変わり、理想目的に向かって前進せしめつつあるのである。』
『不滅の真理である』ということを自らの心に留めておくということを礎として、日々生活させていただくことが大切です。そして自己形成はもちろんのこと、子育てする時や人材育成に取り組む場合でも絶えず念頭にこの教えがあることが重要です。授かった特徴を見い出し育てていくことを忘れてはいけません。
そうした見地に立って、自らをより向上させるあり方を模索していく時に方向性を見い出すことのできる御教えが『神格をいただく道』です。朝拝時に拝読させていただいている教えです。
課題となる項目を挙げますと
・如何なる不正にも誘惑にも動かざる確固たる精神を内に蔵し
・常に天空海濶的心境に在って
・日常の言動は融通無碍
・時所位に応じ何物にも拘泥する事なく、千変万化身を処すべきである
・規律を尊び
・怠惰を嫌い
・万人を愛し
・人に接しては春秋の気候の快適の如く
・何事も極端に走らず
・人に好感を与える事を之(これ)努め
・親切謙譲を旨とし
・他人の幸福を念願し
・人事を尽して神意に任せる態(てい)の信念を以て進むべきである
以上13くらいある項目のどの辺りまで自分に備わっていて、どれが課題となるのか、と沈思黙考してみてください。自ずと今年取組む課題が浮かび上がってくるのではないでしょうか。“全部課題だ”という方もあるかもしれませんが、一つずつ毎年取り組んでいってはいかがでしょうか。13年かかりますが、次の年には相当な人格形成がなされていることでしょう。これは大変楽しみな事です。そして取り組みについては、次のように教えられています。
『人事百般完全は望むべくもないが、一歩一歩その理想に近づく努力こそ、人として最尊最貴のものであり、斯の如き人間こそ生甲斐ある真の幸福者というべきである』
一歩一歩理想に近づく努力を重ねるものが、神様から見て“幸福者”であるということです。そして、そうした人々が集うところを『地上天国である』と教えられているのです。
また、こうした努力を積み重ねていくと、神意を拝することができるようになり、やがて安心立命の生活へと近づくことができます。夕拝ごとに噛み締めて頂きたいのは、
・常に安心の境地にあり
・生活を楽しみ
・歓喜に浸る
・花鳥風月も、百鳥の声も、山水の美も、悉(みな)神が自分を慰めて下さるものであるように思われ
・衣食住も深き恵みと感謝され
・人間は固(もと)より鳥獣虫魚草木の末に到るまで親しみを感ずるようになる
このような境地へ、是非近づかせていただきたいと願います。朝拝、夕拝の時間に拝読をお願いしているのは、そうした願いがあるからなのです。
どうぞ、教えを自らにしっかりといただいて前進してくださるようお願い致します。今日は年頭に当たり日々心掛けていただきたいことを確認させていただきました。

そのメシヤ講座が平成16年36号なんですけども、その前段で、釧路の〇〇さんの体験記が掲載されています。その中にはですね、
長年先生にお世話になっていたにもかかわらず…なぜつながらないのかという質問に
『いよいよの時、初めて諸々(もろもろ)、浄まった者それぞれに因縁通りに諸々の御用を申しつける』の御教えを説明され「神様から許された者が、まず集められたのです」「たとえ許されても、心得違いをしてしまえば継続して許されることがなくなるので、許されたことに感謝し弛(たゆ)まぬ向上を心掛けていくことが大切です」とご教導賜っております。
今の私達にピッタリ当てはまるメシヤ講座ではありませんか。
今回の教えに求めれば、
御教えに求める、メシヤ講座に求める、「人間とは」「神格をいただく道」に求めて信仰生活をしていくことの積み重ねがメシヤ様に帰一し、先生を師と仰ぐ私達の進むべき道だと思うのです。
これは、信仰観、神観の確立であるわけですから、特定の宗教組織に所属しなければ求められない道ではないのです。
新年の初めに、初心にかえって私達の信仰の方向性について私の思うところをお話させて頂きました。
それでは本日の御教えを学ばせて頂きましょう。

『私のことを“主神様”と言ってます』150頁
拝読していただきます。

参加者
『私のことを“主神様”と言ってます』 御教え集十六号 昭和二十七年十一月十五日 拝読

三救責任者
はい、ありがとうございます。

前置きが非常に長くなりましたけども、今月のテーマに入らせていただきます。

『この間○○さんの奥さんに天照大御神様が懸って、私のことを“主神様”と言ってます。』

( 『覚りの旅』令和2年1月度資料 )、見てくださいましたか?

参加者
はい

三救責任者
先月は、『私は主神の仕事をさせられている』というのがテーマでした。
ですから、先月も学ばせて頂きましたが、メシヤ様は地球における主神様の体のお働きをするんですね。体がないと地球上で活動できません。メシヤ様は主神様であられるわけです。
ですから、天照大御神様が「主神様に御祝い願いたい」「主神様に御守護をお願いしたい」というのは、地球上のキングオブキングス、最高の位のメシヤ様の御神格にお成り遊ばされたことをお祝いされておられるのだと思います。そして御守護をお願いされておられます。
全文を掲載しておりますので、ポイントをおさらいしていきます。
最初に御守護お願い電報のことが書かれていましたけども、今なら『祈願書』です。

1-202001
〇急所がわからない→急所を見つける修行をする。
急所が分からない
見つける修行
『グリグリ論』
と書きましたけども。
原因は、ほとんど首のまわりの熱だと延髄にグリグリがあるはずだと書かれています。そこで昭和27年の死亡原因を調べてみました。


2-202001

脳血管疾患 ②全結核 ③悪性新生物、ガンですね。 昭和27年です。
脳の病気が一番多かったわけです。そして、浄霊法講座を確認しますと、
【御教え】浄霊法講座
それからみんな頚の廻りに固まりがあります。これがいろんな病気の原因になりますが、これは一旦肩に固まった物が頚の方へ行くのですから、肩をやると頚の廻りの固まりも非常に溶けやすくなります。ですから肩こそあらゆる病気の急所です。ただし中風だけは駄目です。中風の人はかえって肩が柔らかいのです。  その代わり頚に固まるから、それが溶けて脳の中にはいって行くのです。

それから、もう一つ中風のことが書いてあります。
【御教え】浄霊法講座
中風の人は頚の廻りに必ず固まりがあります。それは右か左です。それから後頭部ですが、これも右か左にあります。つまり毒素が下に行くべきが、上に行ってそこに固まってしまうのです。これはその人の職業的の体の使い方によってそこに固まるのです。そうしてこれが急に溶けて来て頭の中に入るのが脳溢血です。そうして右が凝っている人は左の手足がブラブラになるのです。中風だけは肩でなく、今言う頚の固まりです。そういう人はごく少ないので、一番多いのは結核──肺、心臓病、胃、腸それから今はやっている赤痢です。

昭和27年、こういうことで、この時が脳血管疾患が多くて、急所というのは頚。
それだけでなくて、他のこともあって、『グリグリ』を発見することですよ、という。
それが急所なんですよという御教えですね。
で、『グリグリ論』と書いたんですけども、 

この資料を作成中、「グリグリ論」の話題が出たメシヤ講座を見て作成してみました。
当時ですね、私の質問です。

(質問者)
面白いのは、グリグリという表現が非常に的確だなあと思います。グリグリだけで御教えを検索してもものすごくたくさん出てきます。グリグリという表現で固結を教えて下さっておりますので、大変勉強になります。
(先生)
副読本として『グリグリ』というのを出しても良いかもしれないね。(笑い)
そういう本はもう少し薄く、簡素にしてね。真ん中に『グリグリ』と書いてあったらなんだろうと手に取るかもしれないですね。同時に作って行ったら良いですね。(笑)
(質問者)
一般の人にもわかりやすい面白い表現だと思います。
(先生)
そういうのもシリーズで出して行くと良いかもしれないですね。「グリグリ論」という題名も良いかもしれません。(笑)
(質問者)
校正を始めて御教えをチェックしていますと、気になる御教えがありますとドンドン横道にそれて行ってしまいます。
(先生)
それは素晴らしいことですよ。

で、作ってみると50頁くらいになりますね。とりあえず『グリグリ論』というのはまとめてはみたんだけどね。冊子にすることも考えたいと思います、と書きましたけども。要望が出てくればということで。
とりあえず、出せるように色々準備はしています。ただ、僕の思いだけで出して行っても押しつけになっても嫌なので・・(笑)。

参加者
押付けにはならないと思いますよ。(笑)

三救責任者
そういう意見が他でも出てくればね・・。
出すにしても、この間『観音講座』を作ったみたいな感じで出していけば見やすいかなと思って。なかなかデータで見るというのは見にくいところがあって、本だとずっと始めから見ていったりするので思わぬところから「あぁ、これだったんだ」って気付くんですけども・・データだと検索するのでね。
本としてあってもいいかなと思います。

で、ちなみに、現在の日本人の三大死因ということで、
①   悪性新生物(ガン) ②心疾患(心臓) ③脳血管疾患 そういう風に・・。変わってきてる。
癌についてはメシヤ講座で幾度も取り上げてご教導頂いておりますので、ご確認いただければと思います。
こういったことでもですね、癌をテーマに『天恩地惠 御教えとメシヤ講座に学ぶ~癌~』というのを纏めてみても良いかなと思います。

参加者
癌も種類が多いもんねぇ。

三救責任者
そうそう。結構、癌の話ばかり、調べてると出てくるんですよ。ここに出てる癌の話と『文明の創造』とメシヤ講座をくっつけて癌だけをとらえてしても本になると思う。それを読んでおくと人に話をする時に・・そこに体験記もついてると一番いいんだけども。

参加者
うんうん。

3-202001

4-202001


三救責任者
〇浄霊に力が入る→力をグンと抜く癖をつける
ということで、メシヤ講座・特選集no.133(平成24年2月分)で、『利他行』『下座行』『手の力を抜く』のが修行なんだと、ご教導賜っております。
引用しますと、「我々が信仰していく上においての日々の修行ということを少し考えていきますと、自分たちの信仰は一体何かというと、御教えからするとメシヤ様は『修行というものはあまりない。強いていえば浄霊の時に手の力を抜くということが修行なんだ』というふうに仰っておられます。御教えを拝読させていただくと、『挨拶をする』とか『嘘をつかない』とか『人に迷惑をかけない』とかいうお言葉がしょっちゅう出てきます。
 それから、一番大事なことは『利他愛』なんだということですので、これは人のことを先にするということは非常に修行的な部分がありますので、『利他行』に努めていただきたい。
 それからもう一つは、「稔ほど 頭を垂れる 稲穂かな」という句を引用されて『下座行』に徹するべきだということを仰っておられます。
 我々は、メシヤ様の御教えを日々いただきながら、大変なことに日々気づいていて、そして大きな悟りを開いています。しかし、いまだにそういう立場にない人たちが大勢いらっしゃるわけです。
 それでは大変お気の毒でありますので、どこまでも『下座行』で接していくという姿勢を貫いていただきたいと思います。
 ですから、信徒として修行していくということにおいては、いつも『利他行』『下座行』浄霊の時は『手の力を抜く』そうしたことを、自分の中に言い聞かせていただきたいと思います。
 
 このように拝読させて頂きますと、『利他行』『下座行』『手の力を抜く』ということは一体的な行なんだと言えると思います。相手を思う、謙譲の精神、我を去るそういう日常の行を心掛けて行っていれば、浄霊における『手の力を抜く』ということが癖となっていくのではないでしょうか。

最後の部分は私の補足です。 

5-202001


それから、年齢を忘れるな 
ということで、御守護電報のことが出ていまして、『年齢を忘れるな』ということが書かれています。
花子さんって名前、昔は若かったんだね。(笑)
この御教えからいって、「報告」「お願い」という事において、「氏名、年齢」ということは絶対必要なんだと。相手を特定しないといけないからね。同姓同名あるからね。「氏名、年齢」まで入れればね、特定できるから。イメージする人が違ってくるってことは想念が違ってくるということだから、そういう事で大事でしょう。
で、浄霊力拝受の時というのは、住所、氏名、年齢、職業ということで、お願いさせてもらう。本当にその本人を特定するために。

ここをもう少し詳しくしてお願いしているのが『浄霊力拝受願い』ということになって来ます。住所、氏名、年齢、職業、既往歴 の欄を設けてあります。私達がお世話をさせて頂く上で必要な事であるわけですけども、メシヤ様の御指示だということです。神様は何でもご存知ではあるのですが、素早く特定する上で必要なんだと思います。

で、少し横道にそれるかもしれませんが応用したのが車のお祓いですね。
 
車のお祓い
車検証を読み上げて車を特定致します。車の製造過程において製造する人間の想念が入るのでそれを払拭するのですね。
メシヤ講座では、
「また、お祓いは製造者や販売者、もろもろの想念による曇りを祓うものであり、交通事故から護られるものは人間の霊衣の厚さです。普段から運転手が霊衣の厚い状態を許されるように努めることが重要です。そのように、お祓いの後に訓示してください。」とご教導頂いていることを忘れてはいけないと思います。

車のお祓いをしてもらったから事故しないんだとか、お願いしたのに事故したじゃないか、とかいうことがあるかもしれないけども、それは自分自身ですよ、ということを言われています。

参加者
言われてますよね、お祓いしたのにって。

三救責任者
そうそう。あらっぽい運転してたらいっしょです。そこを勘違いしないように。

参加者
そうですよね。


6-202001

元だけにお願いすればそれで良い
次に、
それからお願いする場合に、よく「光明如来様」と「明主様」と両方にお願いしますが、あれは「明主様」だけで良いのです。というのは、私が光明如来様としてのその働きをするのですから、元は私の方だから、元だけにお願いすればそれで良いのです。
 
「光明如来」を書かれてる。メシヤ様が御在世中に書かれてる。書く人の方が上です。ということです、これは。

ここは、非常に重要な御教えです。
善言讃詞で、『敬しく惟るに 世尊観世音菩薩此土に天降らせ給ひ 光明如来と現じ 應身彌勒と化し 救世主(メシヤ)とならせ』とありますように、メシヤとお成り遊ばされたメシヤ様は、この当時の御神体は『光明如来様』で光明如来のお働きをするのもメシヤ様なのだ。だから元のメシヤ様にお願いすれば良いのだとおっしゃったわけです。
そうすると、メシヤ様が元です。根源です。主宰神です。メシヤ様=主神様ですね。
宇宙の根源であられる主神様の御神名を奏上させて頂くわけですから、他の御神名を奏上することはないということになります
このことは、御降臨祭でもお話しさせて頂きましたが重要ですので繰り返させて頂きます。
 


7-202001

祝詞奏上について
三救では、楳木先生御在世当時の祝詞奏上を行っております。
先生は、『ミクラタナの神様』について何度となく祭典やメシヤ講座で取り上げられお話しされたわけですが、〇チョン の御神体に対し『ミクラタナの神様』の御神名を御唱えされたことなどありません。20年前に御奉斎されてより一貫して『主之大御神様』であります。一神であります。
主神様御一方であります。
〇チョン の御神体に対しては、『主之大御神様』の御神名以外ありえない。
ということを御降臨祭でも取り上げさせていただいた下記のメシヤ講座ではっきりしてきたと思います。
もうメシヤ様という御存在になられたので、ややこしい言い方をしなくて良いのです。
もう主神様とメシヤ様は御一体であるし、大きさこそ違うけども同一神霊であられるのでね。だから主神様だけの御神名を唱えれば良いのです。
 


8-202001
伊弉諾尊の仕事ということで、
それから『今私がやっている仕事は伊弉諾尊の仕事なのです。』という箇所ですが、先ほどは『私が光明如来様としてのその働きをする』と出て来ましたね。先月は「仕事」ということにスポットを当ててお話ししました。御神名は神様のお働きを表しています。神様の仕事を表してもいるわけですね。
それで伊弉諾尊様の仕事ということで、古事記を例に御教えくださいました。
天の御柱の回り方ですね、妻の方が先に右回りをして失敗した、それで伊弉諾尊様の方から先に左回りをしたら天下が治まった。これは、右進左退ではだめで左進右退が本当のやり方なんだと、体主霊従ではだめだ、霊主体従が本当のやり方なんだということを古事記を通じて古代から教えてくださっているわけですけども人間は、分からなかったんですね。それで、霊主体従の一番わかりやすいのが『浄霊』なんだと。医学で治すのは体主霊従で、浄霊で治すのが霊主体従で本当のやり方なんだと、古事記に出てくる伊弉諾尊様の仕事を通じて御教え下さったわけです。
 

9-202001

そのように御神名を『仕事』という視点で受け止めた場合、昭和29年6月15日に『メシヤ降誕仮祝典』が行われました。そして『天照皇大御神様』とメシヤ様に奏上されました。
三千年に一度の『天の岩戸開き』の仕事をなされたのですね。ですから『天照皇大御神様』の御神名だったということだと思います。

この仕事ね。『天の岩戸開き』の仕事をしているので『天照皇大御神様』
前には伊弉諾尊の仕事、これはだから「浄霊」とかの話ですね。
左進右退。右進・・。右回り左回りと考えるとややこしいですよ。実際僕も何回も考えてますけども、時計回りとかいうことではないんですね。右から回る、左から回るですから。どっちも合ってくる。そういうことじゃ無くて、霊主体従だよと。

参加者
霊から先にということ。

三救責任者
そうそう。霊主体従のことを教えてくれてるんだよと。そういう風にとらえた方がいい。

救世主ですから人類が待ち望んでいた神様であり主神様のお仕事をなされるわけです。
 


10-202001
『善悪発生とキリスト教』
それでは、次のテーマですが、
『善悪発生とキリスト教』文明の創造 昭和二十七年 57P ですね。
メシヤ講座でも学ばせて頂いたわけですが、改めて拝読させて頂きますと、善悪の問題は主神様の権限であり、宇宙意志であり、主神様以外あらゆる神でも分からないのは当然で、ましてや人間に分かるはずがない。ということをはっきりと書かれています。
その善悪のことをメシヤ様が『文明の創造』にお書きになられたのは何度も出て来ましたように、メシヤ様が主神様の仕事をされておられるからです。『地上天国建設の大任を負わされた私としては、或る程度主神の真意が感得されるから』とここにも書かれていますね。
それで、主神様の御目的である真善美完き理想世界を造る。―――地上天国ですね。この御目的のために物質文化の進歩発展が必要だったわけです。そして、御目的に必要な程度にまで発展させれば良いわけですので、昭和27年の時に『最早時期の来ていることに気づくであろう』と仰っておられますので、令和になった今、発展しすぎているのではと言えるのかもしれません。
それで今までの歴史においても悪を容認してきたが、無制限に許すわけにはいかないから、統制や調節の役目として宗教を主神様はおつくりになられたのですね。そしてその役目をキリストが担われたのだと書かれています。それでキリスト教の根本には人類愛があるのだという事です。
だから白人社会が魔の世界とならずに進歩発展を遂げたのだと書かれていますね。
そして、善と悪の観点から宣べておられますので、無神論も進歩発展のために今までは必要だったということです。しかし、もう時期が来ているからいい加減目覚めて神様を認めなければいけない。もはや無神論は有害であって無用の存在なのだ。地上天国建設という主神様の御目的の前に御神業の妨害となれば、絶対的力によって、彼の原始時代のマンモスや恐竜のように自然淘汰されるのだと書かれています。


11-202001
そして、人間にとって自然淘汰されるものは何かというと、『もちろん人間に内在する悪である』と書かれています。悪は有害無益な存在となる以上、悪人は淘汰されてしまうのですね。
そして善の人間が大多数となった世界が地上天国であるという事です。
 
そういうことで、要約するとこのようになります。

で、『神格を頂く道』につながってくるわけですね。

12-202001

ですから私達は日々拝読させていただいている『神格を頂く道』の御心に求めて生活し、神性の向上に努めさせて頂くとともに、今回の御教えの内容を特に頭に入れて頂いて、世の中の悪人に、無神論者に述べ伝えていく、悪人を悔い改めしめ、犠牲者を少なくする救いを実践していく。
それが神の大愛なのだと繰り返しお伝えしていく。
そういう御神業を皆様と共々進めてまいりたいと思います
 
これは12月29日に書いたわけですけども。それで、この時に『神格を頂く道』に求める基本の信仰ということを考え新年を迎えて新年祭の挨拶を考えようとしたときに、先程紹介させて頂いたメシヤ講座が目にとまったということで、初心を忘れずにメシヤ様の御教え、メシヤ講座を宣べ伝えていくということが基本なのかなと思いますので、そういう信仰をしていきたいと思います。

と、まとめました。



次(来月)、また伊弉諾尊様が出てくるね。
「伊弉諾尊が主神の代表神」という。伊弉諾尊ということにポイントを当てて、それとあと、大祓いの祝詞。前に大祓い祝詞をやりましたよね。そこのところを、読んでおいてもらうと・・。
今度、2月3日が節分祭で、4日が立春祭と月次祭と。
3日のお詫びというのは必要なわけであって、何でお詫びするのかということも、伊弉諾尊ということも関わってきますけども、祝詞奏上自体関わってるじゃないですか。元々伊弉諾尊ですので。なので、するタイミングがと思って・・。


13-202001

サラッとこれだけ。
古事記から拾っていったわけです。神様ね。
伊弉諾尊様ここに出てくるんですよ。国之常立尊の神様から神代七代(かみよななよ)というんだけども、七代目になるんですよ。
これ(図の天之御中主の神から豊雲野の神まで)、独り神。
これ(図の3から7まで)、男女ペアの神になるわけです。
で、「このただよえる国を修理(おさ)め固め成せ」と。古事記の言葉ね。整え固めて完成せよということ。で、淤能碁呂島(おのころじま)という、日本の国ができてくるという。
これ、数えると17柱ね。

図―14

14-202001

伊邪那岐尊が出てきたので、ここにスポットを当てて、岐というのは伊邪那岐、美というのは伊邪那美。
岐 「なが身はいかになれる」
美 「あが身は成り成りて成り合はざる処一処あり」
岐 「あが身は成り成りて成り余れる処一処あり。
   かれ、このあが身の成り余れる処をもちて、なが身の成り合はざる処に刺し塞ぎて国土(くに)を生み成さむとおもふ。」

だから、性交のことを書いてるわけです。

美 「しか善けむ」
岐 「しからば、あとなとこの天の御柱を行き廻り逢ひてみとのまぐわひせむ」

「あ」 と 「な」 これ、波切(責任者の出身地)でも言葉が残ってる。

参加者
あとな?

参加者
「あ」 と 「な」、「あなた」 と 「わたし」

参加者
あぁ。

三救責任者
志摩の方では残ってる言葉。

岐 「なは右より廻り逢へ、あは左より廻り逢はむ」
美 「あなにやし、えをとこを」
岐 「あなにやし、えをとめを」

あぁ、いい旦那様ですね、いい奥様ですね、ということを言って
これ、さっきの右回り左回りの話だけど。古事記でいくと、右より、左よりって書かれてます。時計の回り方で考えても分からないんです。右から回った・左から回った、右進左退・左進右退ということを考えればいいわけであって。

参加者
あぁ、そうか。元々居た場所が違うから。

三救責任者
そうそう。元々右に居た、左に居た、それが違うよということで。
最初は伊邪那岐尊が、「なは右より回り逢へ」と。だから伊邪那美が右よりまわる。これを右より廻るを右回りとしたわけです。左より廻るを左回りとしてるわけです。
だから、ややこしくなるので、時計だ何だって言わなくても左進右退・右進左退ということで考えて、霊主体従のことを言いたかったんだよと、これを通じて。

参加者
通常、時計回りっていうと右回りってなっちゃうけど・・。

三救責任者
普通、思うよね。
右よりって書いてある。古事記では。
メシヤ様、古事記を引用して話されてるということは、それを分かった上で。
だけど、時計回りを右回りとするということも、後から、昭和の時代になってつけられたことであって、調べてみると、最初は逆の言い方をしてる時期もあるので、だから右回り左回りという言葉で言っても分からないよということです。
どっちも合ってるよという事です。
天から見たら・・とか言ってますよね。

参加者
あぁ。

三救責任者
だから、右からなのか、左からなのかという。
右から廻るのを左回りって言ったわけですから。

で、水蛭子(ひるこ、)葦船に乗せて流してしまったというのが、水子。これは数えないらしんです、古事記では、神様の数に。
これは古事記でいくと、葦船というのは邪気を払うということがあるので、流すというのは大祓いの思想性があるんだよということが書かれてあります。
大祓いということを考える時にね、伊邪那岐尊というのを考えていくとそういう事が出てきます。

図―15

15-202001

岐美二神(伊邪那岐・伊邪那美の二神)は最初の国生みに失敗する。別(こと)天つ神に指示を仰ぎ、改めて夫唱婦随に則(のっと)ってやり直して日本列島を生み終える。試行錯誤の繰り返しの結果であるが、「失敗すれば改める」という思想性もあるんですよと。やり直すということね。わざわざ古事記に書かれてるわけなんですね。
で、生んでいった神様を数えていくと、それから33柱あるので、17と33を足すと50柱。この前言ったのが火之迦具土は50番目でしたよと。これが五十音ということで、それぞれの神様が一つの言霊の作用をするという思想も言霊論とかにあるので、五十音につながってる。
これで伊邪那美尊は死んでしまうわけです。夫婦で共同して子供を産んでいったというのはここが最後になるわけですね。この後でも、切った刀からとか色々なもので子供が生まれる。伊邪那岐尊一人で生んでいくというのがあるわけですね。じゃ、男なのに何で?っなりますよね。
ここに書いてあります。

図―16

16-202001

岐神は男なのに子を生む。
子の認知というのは当時から父がする前提であったことがこれでわかりますよねと。古事記を読めば。
男一人じゃ産めないじゃないですか。だから、養子にもらったりして、自分の子供だと認知するのは男の仕事だったと。

黄泉の国に行ったことによって色んな禍(まが)がついてくるんですね。八十禍津(やそまがつ)とか大禍津(おおまがつ)とか禍(まが)も全部神様になっていくわけですけども。で、ついてきたこの禍を直さんとして成った神様の名前が神直毘・大直毘・伊都能売と。ここで、伊都能売が出てくる。そういう罪穢れを直さんとした神様の名前です。この3柱ね。で、その禍を直すのに、小戸の阿波岐原で禊を祓った時に左目から天照大御神、右目から月読の命、鼻から建速須佐之男命という三貴子が生まれて・・。とうとうそういう尊い神様を生みましたよということを伊邪那岐尊様が言ってると。
前は須佐之男命が放浪してという話をしてて、その中で天津祝詞に出てくる祓戸大神、ひとくくりにして出てくるけども、それは色んな仕事だから、祓う仕事ですから、祓戸大神の色んな区分に分けて、速秋津比売とか佐須良比売とか集めてきて流してとか、色んな分担、罪穢れを大きく祓うのに細かく分業してやっていくことが書かれているのが大祓祝詞だよと。だから、言霊を、祝詞を奏上するときにはそういう三千年来の罪穢れのことをやってるんだよと。伊邪那岐尊というのが中心になってきますのでね。この神様を中心に、人間として生れてこの国をということで、動いてますので。

古事記を見てると面白くなってきてね。

図―17

17-202001

千引の石。黄泉の国に行って「見たな」と。「見ないでね」といわれたのに。鶴の恩返しなんかでもそうですけど、見てはいけないと言ってるのに見るわけです。蛆がわいて醜くなってるから見て欲しくないんだけども、恥をかかせたなということで伊邪那美尊が怒るんですね。で、追いかけてきて八つの雷というのを使って、あと1500柱の軍隊でもって伊邪那岐尊を追わすわけです。伊邪那岐尊は逃げる、逃げながら後手に(剣を後ろ手に振りながら)逃げる。

なんか、後ろ手って出てきたね?

参加者
出てきた。2月に。

三救責任者
御霊視で出てきたんですよ。後手にっていうのが。
何の意味か分からなかったけども、これをやってると2月だったし・・・。

参加者
うん、節分祭のときだった。

三救責任者
ねぇ。
後ろ手って意味合いが、古事記を昨日見てて分かったんだけども。後手って「しりので」って言うんです。要は追う悪霊、逃げる神、これ伊邪那岐尊ね。
十拳劔(とつかのつるぎ)を抜きて後手に振りながら・・これ、意味合いとしては相手を困らせる呪術だそうです。

で、黄泉の国を脱出したと。で、逃げる時に桃の子(み)を3個投げた。で、出口のところに岩を。千引石(ちびきのいわ)というのは千人がかりでないと動かせないような岩を置いたよという。

伊邪那岐尊は離縁するといった。
伊邪那美尊は離縁するなら一日に千人殺すといった。
で、伊邪那岐尊はそれなら、私は千五百の産屋を立てむ。千五百人子供を生みますよと言ったんです。で、五百人ずつ増えていったよ、この時から、という話がここに書かれてる。
で、名前を黄泉津大神(よもつおおかみ)だと言ったんですね、伊邪那美尊は。黄泉の国の大将だったから。
ここのことが色々御神業に関わってたんじゃないかと。
黄泉比良坂(よもつひらさか)で九鬼(九つの鬼だから、多くの鬼)が貢ぎ物を献上した。だから、このときのことをメシヤ様に謝りに来たんだという。

参加者
あぁ、何か話、ありましたねぇ。

2月に出てきてたというのはどういう風に出てきてたんですか?

三救責任者
後ろ手にしばられてというのが霊視であったのですね。

参加者
何だったんでしょうねぇっていうことで。

三救責任者
後ろ手にしばられて、ということで、解き放たれてということかも知れないけど。
それから、ナイアガラの滝のような大きな滝が見えたとか。
大分前の話。色々解釈があるので・・。

これ(図―13から17まで)、今やっておいた方が良かったかなと思ったので。

参加者
うん!

三救責任者
ということで。

司会
では、以上を持ちまして新年祭を終わらせていただきます。


古事記については下記書籍を参考にお話ししました。