12月度の『覚りの旅』資料をもとに、『メシヤ様の御教え』と「メシヤ講座」勉強会 をさせていただきました。同じ資料を使っております。
 
『メシヤ様の御教え』と「メシヤ講座」勉強会
三救責任者
本日は、『私は主神様の仕事をさせられている』と『救い主と贖罪主』です。どなたか読んで頂けますか。
御教え拝読
三救責任者
はい。ありがとうございました。本日は黒板を使わずに確認していきます。
1.
三救責任者
仏滅、仏界が無くなることがわかって、開祖や教祖が気づいてメシヤ様にお詫びに出て来られます。今まで良いと思ってやったことは大変な間違いだったと。お詫びがしたいのだと。そして夜から昼への大転換の御神業を手伝わせていただきたいと。
本地垂迹で、神様が仏様になって夜の世界で活動していたわけですから、メシヤ様のお手伝いをして神位を取り戻したいという事なのですね。
神様方はお祝いに出て来られます。昭和25年に光の玉にチョンが入られてもうこの時にメシヤ様の御神格になられているのですね。そういうことが、神様方はわかっておいでなのでお祝いお慶びに出て来られたのです。
2.
次に天照大御神様の御神格についてお話しされておられます。ハッキリと、主神様ではないのだ。と言われました。主神様は宇宙全部だが天照大御神様は太陽神で太陽だけなのです。
思うに、後の昭和29年の仮祝典で天照大御神様の御神名を唱えますが、昭和27年の時に既にこの御教えを頂いておりますので、間違う事の無いように御教え下さっておられたのですね。きっと。
『私はメシヤで主神様の仕事をする。』しかし、夜→昼になるにはまず、太陽神のお働きが重要なので、その型を示されたのですね。だから「仮」をお付けになられたのではないかと拝察いたします。
本当に始まるのは『五六七が揃ってから』というのは、メシヤ降誕本祝典後だと言えるのではないでしょうか。
メシヤ様が主神様だと認識できたなら・・・という事ではないかと思います。
非常に重要な御講話だったのですね。
3.
次に『救い主と贖罪主』ですが、主神様は悪の必要性を正神にも悪神にも知らせませんでした。善悪お互い競わせて向上させてきたからですね。正神も邪神もお互い自分たちが正しいと思ってやっているわけです。愈々期限が来たので、善悪を司る主神様が直接乗り出すことになったと。しかし直接力を揮われるにも現界に働くには人間が働かなければならないのですね。それでメシヤ様が選ばれて現界で、善悪の根本義を開示されたわけです。
それがメシヤ様の御教えであり、その集大成が『文明の創造』だという事なのですね。
ですからメシヤ様の御神格を求める、認識させて頂く為の『主神様とメシヤ様』とその最高最貴の御神格のメシヤ様が開示された『文明の創造』というのはセットで学んで理解を深め、学んだことを世の中の人に伝えていくという因縁使命が私達にはあるのですね。
現界に反映していくには霊だけではダメで人間の働きが求められるのです。
12月23日を直前にして非常に良いテーマで学ばせて頂いているのだと思います。
4.
続けますが、キリストは主神様に謝罪をし、赦しを請うのですね。それは何故なのかというと赦される側の神様だからです。人間の罪の代償として十字架に懸かられたのですね。
主神様は深奥なる真理を愈々開示されます。
この主語は主神様ですよ。ですから、『文明の創造』は主神様が人間の言葉で人間にわかるように書かれたのですね。
主神様の地球上でのお体であられるメシヤ様がお書きになられました。真理を容易に掴み得るように疑点なく明快にお書きになられた。そこのところをわかっていただきたいので、『文明の創造』には『主神(エホバ)様直接の御啓示』とサブタイトルを付けたのだと思います。このように学ばせて頂くと楳木先生のこの本の発刊への想いに改めて気づかせて頂けます。ありがたいですね。
5.
善悪の権限は主神様しかお持ちにならず、悪の方も一生懸命、善だと思って頑張っています。それで、世の中のほとんどの人が現代医学を善だと勘違いしてしまいました。
現代医学は人の命を握ってしまっています。だから九分九厘の悪というのは現代医学のことなんだと。今までは必要悪だったのですよ。この医学を是正する力というのが一厘の力であり、メシヤ様のお働きなのだという事なのですね。
それでこの『一厘の力』というのは主神様が顕現されるのだと。『文明の創造』の『悪と守護霊』にあります。読みますね。

主神様→顕現→一厘の力→メシヤ様→お働き
主神様の揮われる力というのはメシヤ様のお働きのことなのだということになります。
ここでも霊だけではダメで体が必要なことがわかってきます。
だからメシヤ様の御神格を認識さえすればメシヤ様の代理として立派にやっていけるというのはこのことなんだなと思います。

【御教え】御教え集33号、昭和29年4月12日 奈良公会堂御講話
『時間がなくなりましたから、このくらいにしておきますが、今お話ししたのはあんまり大きな話ですから、よほど信仰がしっかりしていないと信じられないです。信仰のない人が聞いたら馬鹿馬鹿しくて鼻の先で笑うかもしれませんが、本当なのです。あなた方はそうでもないでしょうが。これからそれが形に現われて きますから、それをある程度まででも信じさせるのがたいへんです。今まで何億という人類が拝んできたキリスト、釈迦を私が助けたというのですから、“そんな人間が現われることはない、頭がどうかしている”と言うかもしれません。あなた方はふだんから知っているでしょうが、それを“これだ”という所までゆけば、魂がすっかり固まったのですから、そうするとそれによってその人の力が強くなるのです。それこそ私の代理として立派に力をふるい、仕事ができるわけです。だから今言ったことをよく心に入れて大いにやってください。』

三救責任者
一方で罪の根源は神様を押し込めた事、御神格を分からせて頂くと罪が消えるのでしょうか。との質問にメシヤ様は『そうではない、一人でも多くの信者をつくる事だ』と御教えくださいました。
御神格を認識したいがためにのめり込み、浄霊を疎かにしてはいけない。偏ってはいけない。御教えを学ぶことと、浄霊の両輪で一人でも多くの人を救うことが、メシヤ様の御手足とならせて頂くことなのだと思います。

メシヤ講座・特選集(№96・平成21年1月分)
昭和29年2月4日の立春祭から7日までの四日間、『人間が神を押し込めた事』に関わる御講話があり、次のような問答があったことを先達から聞き及んでいます。
質問 「罪の根源は神を押し込めたことでしょうか、薬を呑んだことでしょうか」
メシヤ様 『勿論神を押し込めたことが罪の根源です。薬毒というものは浄霊をすれば取れるものです。みんな神を押し込めた罪がある。教団も幹部ほどその罪は重い。私を世に出してその罪は消える。要するに私というものが分かれば良い。しかし私は化けているからな』
質問 「それは明主様(メシヤ様)の御神格を判らせて頂く事でしょうか」
メシヤ様 『そうではない、一人でも多くの信者をつくる事だ』

6.
三救責任者
ここまでの内容で本日お伝えしたいことはお話ししたのですが、今回のテーマの『私は主神様の仕事をさせられている』の仕事(御働き)ということから整理をしてみたいと思います。
今までの話の復習になりますよ。
主神様の仕事をメシヤ様はなされるわけですが、一方で伊弉諾尊様の仕事をなされます。それは霊主体従ということで浄霊というのは最もわかりやすい霊主体従の仕事でこれが本当のやり方なんだということです。伊弉諾尊様の柱の回り方は古事記に出ていますね。これをたとえに御教え賜りました。古事記とか神話というのも仕事とか働きのたとえなんですね。ですから御神名も働きをあらわしているのですね。
たとえば、祓戸大神とかね。
それから審判を無事に切り抜ける資格者をつくるんだと、資格者というお言葉をこのようにお使いになっておられます。
『浄霊力伝授』の活動を推進して、一人でも多くの『審判を無事に切り抜ける資格者をつくる』ことをメシヤ様は望まれておられるのです。
三千年に一回、夜と昼が入れ替わるので、先祖も知らない事、経験されていないのですね。だから開闢以来ないことのこの時期に生まれて合わせて、メシヤ様にお使いいただけることの幸せに、自然と感謝の念が沸き上がるのではないでしょうか。
そして、生きた人間が唱道しなければなりません。
それが、主神様→メシヤ様→私達の使命 なのではないでしょうか。
それには器を大きくしなければいけません。すべては型で進んでいきます。小さく型を示して大きくなっていくのです。
大事なことは順序です。五六七の順序ということも、霊主体従の順序なのだと思います。

7.
選ばれたのではない。試されたのだ。
昭和10年の観音教時代の御教えですが、型というのはこういう事かと、思わされ、信仰していく上で心しておかねばならない事でありますので、今読ませて頂きます。
【御教え】御講話 昭和10年8月11日
『今後といえども観音様は必要があればだれでも使う。もし使われた人が、俺がこうであるから使われたとか、俺がどうだからと思うと間違いがある。観音様からこういうお見出しに与かるということは、一生涯の光栄で、それに対してはただ感謝よりほかなにもない。感謝してありがたいと思えば後また使われる。少しでも自分がやったと思ったら観音様はもうお使いにならぬ。この点はたいへん重大なことで、観音会がだんだん発展する上においても、観音様は非常にやわらかくて厳粛で、たくさんな人を呼び寄せては、一人も残らずお試しになり、すぐりにすぐりこの人はという人だけ残し、そういう人達で固めて建設されるので、実にその点は大磐石で、ただパッと拡げない。世間ではよく形だけ見せるようにするが、こういうやり方は非常に観音様は嫌われる。場当たりのいい、ある一時的の仕事などはなさらない。要するに真実で飾り気のないこと、人間のように衒(てら)いもなにもない。本当のお試しとは、自己というものをぜんぜん見ない。本当に世界人類を救わなければならぬというやむにやまれぬ状、またこの世の中の状態を見て、実に哀れだ、かわいそうだ、見てはおれぬ、しかし人間の力ではどうすることもできぬ、しかし観音様が観音力を揮われるにつき、その一部にも加えてもらって、そして力限りやらしてもらうというそれだけで、そこに名誉心などがあると、反対の結果になる。
 こういうように、ちょっと考えが違うと、大きい違いができることになる。どこまでも自分の存在に無関心で、世の中や観音様のためと思うと、その人の存在は大きい存在となる。』

三救責任者
薬征伐、救世的救いの力、キリスト、ミロク、観音の力徳
神科学の具体化、文明の革命→『文明の創造』
すべて、主神様の力をメシヤ様が現界で表されるのです。
しかし、神様、仏様に救業を分担なされます。そして神様も因縁ある人々を通じて現界に反映させるために人間をお使いになられるのだということが、この御教えで分かるかと思います。
【御教え】宗教と科学 信仰雑話 昭和23年9月5日
『次に私は、神仏の救済と罪穢の本質について科学的説明を試みてみよう。そもそも、世界には大中小種々雑多な宗教があるが、いずれの宗教といえども、それぞれ神仏諸霊が人類救済の意図のもとに、霊界から御手を差し伸べており、現界における因縁ある人間を通じて、救済の業を行なわせらるるのである。もちろんその根本は主神の御経綸による事であって、ある時代、ある民族、ある地域、ある期間、救いの業を委任され給うたのである。畢竟(ひっきょう)するに、それはその地域に罪穢が堆積し、文化の進歩に支障を及ぼすべき程度に立ち到ったからである。そうして昔から宗教の建て前として、人間不幸の原因である罪穢の除去をされたのであるが、しからば罪穢とは何ぞやといえば、霊的には、個人としては霊の曇りであり、社会的にいえばその地域の霊界の曇りである。』

三救責任者
全宇宙の御経綸をなされるのは主神様であり、地球上へ顕現されるお仕事をメシヤ様はなされる。そのために全ての神様や仏様をお使いになられる。そして、現界に反映していくには、因縁ある人間をお使いになられるのです。
こういう学びによって、少しづつでも、メシヤ様の御神格ということを認識していけたらよいなと思います。

本日はありがとうございました。