(質問者)
【 関西巡教 名古屋市金山体育会館の話(S27年10月18日)】に

「それにはやはり私に光の玉がある……西洋の人はエホバなら分かりますから、エホバから与えられているその光の玉によって治る、ということも精しく書きました。やはりそうしなければ徹底しません。そこで、これはキリストの話になりますが、キリストは「天の父の霊によって、救いをやる」ということを、いくども 『聖書』で言われてます。ですからキリストはエホバの子になるわけです。それで私の力はエホバの直接の力というわけです。私から言えばキリストは子供になるわけです。いま信者がやっているのは、キリストがやっていたことをさかんにやってますが、この前も八年とか眼が開かなかったのが、二分ですっかり見えるようになったというのがありましたが、今度『栄光』に出します。(『御教え集』15号、昭和27年11月15日発行)」

との御教えがございます。西洋ではエホバならわかるから主神様を『エホバ』とお呼びになられたということと受け止めることができます。

(先生)

やはり『主神様からの光』ということがここでは明確になっていますね。 ですから、そういうことを良く読み込んでいくと神観ということが大体確定されていくわけです。

(質問者)

先ほどの関西巡教 名古屋市金山体育会館の話の中に、 『神様がいろいろな方法をもって救いの業をされる。私はその執行機関です。どうしても霊ばかりでは世の中は救われない。世の中は物質でできてますから、それには生きた人間が唱道しなければ駄目です。』との御教えがございました。

メシヤ様が神界におられる現在ではやはり私達生きた人間が御教えを伝えて行かなければ行けないと思わせて頂きました。

(先生)

そうですね。私も先月同じところを何時も持ち歩いている手帳に書きとめたのです。

①生きた人間が唱導しなければだめだ。
楽しんで天職使命に尽すべきである。

ということを度々強調されておられます。 このお言葉は胸に沁み込んでくるようなお言葉でした。

【『人間と病気』文明の創造(昭和27年執筆)より】

 「本来主神の御目的とは何であるかというと、それは人間世界をして真善美完き理想世界を造り之を無限に向上発達せしめるにあるので、之こそ永遠不滅の真理である。従って今日迄の人智では、到底想像すら出来得ない程の輝しい未来を有っているのであるとしたら、人間は此(この)前途の光明を胸に抱きつつ楽しんで天職使命に尽すべきである。そういう訳で主神の御目的を遂行すべき役目として造ら れたのが人間である以上、人間は右の使命を真底から自覚すると共に、生命のあらん限り、其(その)線から離れる事なく働くべきである。」