11月のテーマが「あらゆるものを簡単に表している」ということですので、
「簡単」をキーワードにピックアップしてみました。


 観音講座  第一講座 昭和10年7月15日
    主神の御目的と天地経綸の真相

 これから説く事は世界の大秘密である。それをいよいよ暴露するのであります。今までは夜の世界であった。それ故諸々の穢(きたな)い事が匿(かく)れて居ったのであるが、観音様がこの世に現れた為に霊的に日が出た事になり、いよいよ秘していたことが目に見えて来た。その見えて来たままをお知らせするのであり、それで今までの迷いを去り、不安を除き去るのであります。今までのことは総てはっきりしていなかった。真理は簡単でありまして複雑な事はない。従来のあらゆる経典やお筆先は判らなかったのであるが、気が付いて見ると難しいものであります。色々ややこしい複雑極まるもの程、誤魔化しがあるのである。

【御教え】御教え集12号、昭和27年8月15日
今 までの物質文化を良い方に使う。そうして神様の最後の目的である理想世界――地上天国を造るという、その時期になったのです。そこで今までのいろんな間 違ったことを分からせ、そうしてそれをなくさなければならない。ですから病気は薬毒だ、間違っていると言ったところで、こうして(御浄霊)治す。それを見 せなければ人間は信じませんから、こういう治す力を私に与えて、医学や薬の誤りを知らせるという意味で、それが根本の意味です。それからもう一つは、今言う悪というものは、これからその説明をやるのですが。これは心に働いている悪というのは簡単です。これは信者は良く知ってますから、そう精しく説明する必要はないが、つまり人間に憑依している副守護神――動物霊がやるのだから、そこで悪を制限するには動物霊を弱める。動物霊を弱めるには霊の曇りの多い少な い――曇りが多ければ、動物霊は根本的の悪のものですから悪をさせる。動物霊をある程度抑えるには光です。光とは魂の光です。それには曇りを取らなければ ならない。だから悪の因というのは、結局霊の病気になる。つまり体の病気が毒血で、霊の病気が曇りです。ですから曇りを取るということになる。浄霊するということは、肉体の病気ばかりでなくて、霊の病気も一緒に取ってくれる。浄めるわけです。ですから浄霊という。霊が浄まると副守護神が弱りますから――副守護神ばかりでなく、臨時に憑く霊もありますから、憑いても弱るから、その霊は悪いことをしない。そういうことになる。そういうふうに人間が曇りが取れて 動物霊の力が弱ると、悪人がなくなったということになる。そうすると今でもミロクの世になってしまう。それが根本です。理屈からいっても良く分かるのです。決して難しいことでもなんでもない。では、こんな簡単な理屈がどうして分からないかというと、その人の霊が曇っているからです。副守護神が邪魔するからです。これはお蔭話によく書いてあるが、よく解っているのだ。分かっていながら、どうしても信仰に入れないというのがよくある。分かっているというの は、その人の本霊が分かっている。ところが、分かっていて、なんだかんだささやくように思わせる。それが副守護神です。だからそういう点で、始終浄霊していると良く分かる。そういうような意味を、これからだんだんふつうの人にも分かるように書いていくつもりです。ですから結局肉体の病気と心の病気と両方治す。そうすると、心の病気を治すと、悪がなくなるから世の中が良くなるに決まっている。そう難しいことはない。分かってみれば簡単なのです。
     話はそのくらいにして――。


メシヤ降誕の意義
メシヤ降誕は、「地上天国建設」「人類救済」という悲願をもってなされています。しかし、人としての生涯は苦労の連続でした。その苦労は何のためにあったか、と言いますと・・・。これは何時も言いますように、人を救う「知恵」と「力」を人々に解りやすく簡単に授けるためにあったのです。私達が最も感謝したいところです。
また、ご自身、寸暇を惜しんで、率先垂範して御神業に打ち込まれました。私達が最も景仰したいところです。
そして、「地上天国建設」のための全ての準備を終えて、昭和30年2月10日天界に戻られています。メシヤ様の教えに『全ての準備を終えた』とありますから、後続の者に託されたということですね。私達が最も心せねばならないところですね。



そして何と言っても、一番の間違いは御神格についてでした。明主様とお呼びするのではなくメシヤ様だと。そしてこのメシヤ様とさらには主神様との関係・・・この理解が大切であり、このことを多くの方々にも理解していただきたいと思います。さらには、信仰をするとか宗教を持つということは、一体どういうことなのかということも読者の皆さんも是非一度考えていただきたいと思います。何故信仰するのかということです・・・答えは簡単です。それは、みんな幸せになりたい、幸福な家庭を得たいからです。みんな不安を抱えて生活しています。ただ金銭物質が豊かにあるという生活だけで人間は満足出来ません。物心両面の幸福が真の幸福であり、本来の信仰をすることにより神より恵まれる真の幸福、これを得たいためにみんな宗教団体に入ったり、信仰を積み重ねているわけです。




メシヤ様には、生涯一貫して実践されたことがあります。

 挨拶をする。嘘をつかない。時間を守る。約束を守る。整理整頓をする。物を大切にする。無駄をしない。言葉を大切にする。等々です。

 やろうと思えば誰にでもできること、一見簡単な至極当たり前なことを途中でやめることなく、教祖となられてからもず-っと行なわれました。最高位のご神格を有された後も、‘今日ただ今、できることをする’という姿勢を貫いておられます。

 また、教祖となられてからのご多忙な毎日でも、全国紙に目を通されチェックし、夜他のお仕事をされつつ奉仕者に読み上げさせておられます。散歩の際にもラジオを携帯して社会情勢に御耳を傾けられておられます。しようと思えば誰にでもできる形で‘情報収集’をされています。

 一例ではありますが、この一貫して取り組む御姿こそがメシヤ様の実像です。