『主神様とメシヤ様』をなぜ学ぶのか

関西巡教御講話(S29年4月12日)

『今お話ししたのはあんまり大きな話ですから、よほど信仰がしっかりしていないと信じられないで す。信仰のない人が聞いたら馬鹿馬鹿しくて鼻の先で笑うかもしれませんが、本当なのです。あなた方はそうでもないでしょうが。これからそれが形に現われて きますから、それをある程度まででも信じさせるのがたいへんです。今まで何億という人類が拝んできたキリスト、釈迦を ※1 私が助けたというのですから、“そんな人間が現われることはない、頭がどうかしている”と言うかもしれません。あなた方はふだんから知っているでしょうが、それを“これだ”という所までゆけ ば、魂がすっかり固まったのですから、そうするとそれによってその人の力が強くなるのです。それこそ私の代理として立派に力をふるい、仕事ができるわけです。だから今言ったことをよく心に入れて大いにやってください。』


※1 私が助けた
『結局人を救うには、人ばかりでなく霊にしろ一切を救うには、まず光です。いろんな霊というものは光を求めてくるのです。御光をいただきたいと言って求めてくるのです。光で救われるのです。キリストでさえ今まで随分苦しんだのです。キリストが憑ると首を曲げるのですが、十字架の絵にあるように、首を曲 げるのです。それはその時になにかで縛られたか、あるいは死んで下に落ちて、その上になにか物がのったとかしたものです。つらいそうです。そして十字架の 磔(はりつけ)になったときの痛みはほとんど取れたが、まだ首が曲がっているのは、少しあるようです。最初はだいぶ痛かったようですが、それも取れて、キ リストが非常にありがたがっているのです。』

メシヤ様の御神格が認識できればメシヤ様の代理として力をふるい仕事ができる。

という非常に重要な内容を、昭和29年4月の関西御巡業の奈良公会堂において御教え賜ったわけです。
一方では、『罪の根源について』の御教えがあることを決して忘れてはならないと思います。

・罪の根源について
【御教え】昭和29年3月初め『新・伝道手引』24頁
ーーー罪の元は薬であるという教えもあり、神を押し込めたことが罪の根本だという教えもございます。この二つの教えの関係はどういうことでしょうか、またその「押し込めた罪」というのは人類全部にそういう罪があるのでしょうか。

『勿論神を押し込めたことが罪の根本です。薬毒というものは浄霊をすれば取れるものです。みんな神を押し込めた罪がある。教団も幹部ほどその罪は重い。私を世に出して※6その罪が消える。要するに私というものが分かればよい。しかし私は化けているからな。』

ーーーということは明主様(メシヤ様)の御神格を分からせて頂くことでしょうか

『※7そうではない。一人でも多く信者をつくることだ。

※6 罪が消えるとは罪が赦されることである。押し込めたことが罪の根本であるとすれば「その罪が赦される」とは「罪がすべて赦される」ことを意味する。

※7 多くの信者をつくることが「明主様(メシヤ様)を世に出す」ことであり、「明主様(メシヤ様)が分かる」結果となる。の意。


メシヤ様の御神格が認識できればメシヤ様の代理として力をふるい仕事ができるので、
私達は、メシヤ様の『救い』の仕事にお使いいただき、一人でも多くの人に
〇メシヤ様のこと
〇メシヤ様の御教え
を伝えていくことが信者をつくることであり、御心にかなうことになるのではないでしょうか。

ですからメシヤ様の御神格を認識しようと学び続けることと、浄霊での『救い』の実践はセットで考えるべきだと思うのです。

御神格を学ばせて頂くために、『主神様とメシヤ様』があり、『救い』の実践のために『文明の創造』を学ばせていただくのだと思うのです。


 メシヤ講座・特選集no.151(平成25年8月分)
『天国の福音書』続篇の刊行計画に呼応

8月のメシヤ講座では、他教団の方や新たに御神体を申し込まれる方から御神体の御文字に関する質問を多く受けました。これは、メシヤ講座を公開していない支部、出張所における話ですので、改めて触れておきたいと思います。
また、その内容は、『天国の福音書』続篇の編纂作業を進めている“時期”に呼応するかのようでした。
と言うのも、研鑽資料『主神様とメシヤ様』は、元々三重支部責任者が主神様へ祈りを捧げる在り方を求めて御教えの検索を重ねたことが初期にあったのです。勿論メシヤ様の御神格を認識するためにも作業を重ねたのでした。その作業に加えて、「はじめに」に記述したように時代性を考慮して「世界救世(メシヤ)教」開教後の御教えを主として掲載し、それ以前の御教えを後半に掲載することにしたのです。
現在、メシヤ講座で報告したように充実した編纂方法を企図して、三重支部の方で作業を進めています。その、編纂作業を担っている三重支部責任者が、字体や仮名遣いを統一するために8月に手渡した資料から、研鑽資料『主神様とメシヤ様』に掲載していないが、内容的に非常に重要である御講話内容を発見してくれたのでした。
その内容が冒頭の答えになる内容そのもので、非常に繋がりのある出来事でした。そういうことから、以下に掲載させていただきます。
***三重支部より***
【『主神は型で経綸を進められる事』(昭和27年6月16日) 】
『神様の経綸というものは面白いもので、丁度果物の種の様なものでして、まあ梅なり桃なりが、実そのものは世界なんですが、
種がつまり中心になる訳です。中心という事は、今はっきり言う事は出来ませんが、種の中心に又種の元があるんです。
そういう工合でして、そうして世界を色々するには、一番小さい種が変るんです。

 そうすると、丁度池に石を拠り込んだ様なもので波紋を起します。
そういう様なもので、世界を天国にするには、極く中心の中心の小さい・・そこを色々に変えるんです。
色々変えるというのは、天国を造るんです。天国を造るその本尊様がつまり私なんです。
ですから、私というものは、世界の極く中心なんです。その中心というものはポチ(ヽ)なんです。
で、丸(○)にチョン(ヽ)ですね。之が宇宙の形なんです。丸(○)が宇宙でして、チョン(ヽ)が肝腎なのであります。
それが私の救いの仕事になる訳なんです。
それは非常に神秘ですから、精しく話すると面白いんですが、未だ時期がそこ迄行っていませんから、時期を待って居るのです。』
<支部責任者所感>
◆主神様は型で御経綸を進められ、チョンがメシヤ様であり御本尊様である。
丸(○)にチョン(ヽ)は宇宙の形であり御神体としてメシヤ様がご準備されたとしか思えないのです。
また、昭和二十七年の時点で非常に神秘でまだ時期を待っておられたのだということがわからせていただけます。

 この御教えは「主神様とメシヤ様」に掲載していないのですが、『天国 を造るんです。天国を造るその本尊様がつまり私なんです。ですから、私というものは、世界の極く中心なんです。』
メシヤ様の御神格を分からせて戴ける御教えと思います。追加で掲載しても良いように思いました

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確かに、『主神』様という御文字や『メシヤ』様という御文字がないために検索にはヒットしませんが、内容はメシヤ様御自身について御説明しているのです。しかも、現在のメシヤ教の御神体そのものの御説明であるとも受け止めることができます。
メシヤ様は、昭和29年6月に御尊影のみを御奉斎するように御下命され、同8月に元に戻すように御下命されていることから、御昇天後には御神体、そして御奉斎の在り方が様々に論議されてきました。そして、多くの御奉斎形式が生まれてきました。それぞれ見解の相違で生じているのですが、この御講話内容は私達を高い視座へと導いていただけます。
一方で、神観の確立がなされていないために、ともすると「主神様直接にお祈りを捧げるということは、その御存在が余りにも高すぎるので相応しくないのでは」という意見も寄せられたこともありました。私としては、『開教の辞』と『世界救世(メシヤ)教教義』を拝読すれば、一目瞭然と考えていました。
ご参拝の形式も初期の善言讃詞奏上はメシヤ様お一人で執り行われ、「念被観音力」「念被観音行」「念被観音心」を皆で奉唱申し上げました。また、御神名の奉唱も『一回で良い』とされた時期もあったようです。それ故に、メシヤ教では現在のような作法を執り行っているのです。取り分け、御神名を奉唱する際には「表現し奉る言辞もありませんが、主神様の御神名を皆で奉唱させていただきます。」という想念で執り行わせていただいているのです。
そして、ここでメシヤ様は『時期』と仰られています。現身(うつそみ)を有しておられたことと御神格の御出世が大きく関わっていたことが拝察されます。それと共に、主神様の御意図を拝察奉るに相応する知的レベルの到達点があると思われます
宇宙規模では解明が遙か彼方の状況ですが、生命誌に係わる内容ではゲノム解析を終えています。係る如き今日の知的レベルに到達されていない間は「直接お祈りすることが憚(はばか)れる」という意味でもあったものとも受け取れます。また、偶像崇拝を嫌うイスラム圏でも浄霊力伝授が許される時期が到来し、現に許されつつある理由もここにあります。世界救世(メシヤ)教の役割なわけです。(ここで批判的な話を述べていますが割愛します。しかし、宗教というものを見つめると“宗教が国境を超える際に学問に変わる場合が多い”ということと“民度の高いところから低いところへ行く場合には巧くいく”ということに照らして考える時に、医学を補完するような姿勢や活動では真理の教えをいただく者としては心許ないのです。)
それは世の中はどんどん研究が進んでいるために、実は「主神様の御意図」が分からないといけないところまで今ぶつかってしまっているので、私たちがですね、これから「主神様の御意図」に基づいて、その人たちに研究の指針を与えていかないといけないということです。
そこで、今日までに読んだ『文明の創造』の中にはですね、寿命は本来120歳まであるんだと。その120まであるということについては、精神面と、それから食生活を始めとして薬毒や化学物質が体の中に入ってこないようにすることによって、そういう寿命を形成していくと。
そしたら、さっきのがんを治療すると、また人口調整のために新たながんができあがって来るというジレンマに医者たちがぶつかっているところに、その論を求めて、「主神様は、いわゆるサムシング・グレートは本来こういう意図でこの世の中を創り上げていこうとされているんだ」ということを提供してあげていくと、その研究者たちに指針が生まれてくるということです。
今は、出来てくるがんを撲滅すると。あるいはスイッチが入るか入らないかというところをマウスを使ってですね、スイッチをわざと入れさせて、そして抗がん剤を入れて、そのがんの芽を全部摘んでしまおうという、そういうことをやっているわけですね。
しかし「主神様の御意図」に基づいて人類が生活していけば、そのスイッチが入るか入らないかということが、その「生き方によって決まる」ということが、だんだん分かって来ますので、そうしたことをメシヤ様の御教えに基づいて、実は提供していかないといけないのが、我が世界救世(メシヤ)教の役割なわけです。
そういうことがあるので、今度、次の出版計画は『主神様とメシヤ様』という、今みなさん方にお渡ししている小冊子の全文を載せた本を出します。そして「主神様の御意図」に基づいて生活をして、そして「地上天国を建設していく」ということを提示する本を発刊する予定に・・やっと私の出版方針が決まりましたので、それで今から原稿を各支部の責任者とも協議しながら作り上げていって、12月23日に原稿を完成させて、それから来年の6月15日に出版する予定にですね・・、“『文明の創造』と同じような形でアマゾンを中心にして販売できるような形をとりたいなぁ”と今考えています。
それ程ですね、世の中はメシヤ様の御心を求める形でずっと研究が進んでおります。しかし、本体が、そういう気持ちの基に御教えということを取り次いでいってないために、世の中に救いをもたらすことができない状態に、各教団がなっております。
ですから、みなさん方に支えていただきながら、このメシヤ教は本来の世界救世(メシヤ)教に復興しつつ、そうした役割が担えるような形を目指していきたいと思いますので、是非より一層ですね、今○○さんの体験事例を元に、私たちのやるべきことを明確にしつつ、御神業の本筋を担っていただけるお一人お一人になっていただきますように、より一層お願いさせていただきまして、ちょうど時間がきましたので、「御清聴ありがとうございました」ということで、終わらせていただきたいと思います。