結ノ和のホームページに『浄霊法講座』を掲載していただいておりますので、病気に対する浄霊の急所を確認する上で学ばれてはいかがかと思います。三救のブログでは、その他の御教えやメシヤ講座から関連すると思われることを紹介していきたいと思います。

2‐3 浄霊の順序と急所

浄霊を中心に発展させていく事
【御教え】『御教え集』25号、昭和28年9月15日
急所を見つけるということは、やはり知識が豊富でないと見当がつかないわけです。ですから病気に対する研究会とか座談会というものもやると結構だと思います。それからまた病気に関しての分からないことは、書面でもよいですから聞くようにすることです。というのは、つまり本当の医学、霊的医学、新しい医学をつくるようにしなければいけないと思います。それは医学と違って、そう解剖学的に知らなくてもよいのです。勿論、ただ霊的ばかりでも、治るには治るが暇がかかるわけです。同じ浄霊するにもピタッと急所に見当がつけばずっと早く治ります。それを、見当はずれなどをやっていると非常に暇がかかるわけです。だから霊的と体的の両方のことをよく知った方がよいです。時々質問などで、分かりきったようなことを質問する人があります。この間の質問事項などは、どこの支部長でも分かるようなことを質問したりしてました。そういうのは「支部長に聞け」という返事をしました。それからまた御神書にいくつも書いてあることなどを質問するのがあります。それからまたあんまり分かりきったこと、つまり一年生の生徒が質問するようなことを質問するのですから、いかに病気に対する頭が貧困かということが分かります。ですから教師などは病気に対する知識をできるだけ磨くようにしなければいけないと思います。それで今書いている『医学革命の書』は心血をそそいで書いているので暇がかかりますが、これは将来世界的の『聖書』みたいにするつもりです。

【御教え】伝道の手引きより
順序について
   1 浄霊を戴く時は頭を下げて御願いする事 『御教え集』22号、昭和28年6月15日
『つまり浄霊でも、でたらめではあんまり効かないのです。それですから私なども、ふだん家内などがどんなに苦しんでいても、決して向こうでやってもらいたいと頼むまでは、絶対にやってやらないのです。「ここが苦しいから」「ここが痛いからやっていただきたい」と言えばよいですが、人間というものは変なもので、謎をかけるのです。「ああここが気持ちが悪い」とか「ここが苦しい」と言うのですが、私は知らん顔をしているのです。向こうが頭を下げるまではやらないのです。それはべつに、意地が悪いのでもなんでもないのです。そうでなければなおりが悪いのです。一番悪いのはよく押し売りをします。「さあやってやろう」と言ってやりますが、それがいけないのです。もっとも赤ん坊は別ですが、分別がある以上は、先方がお願いすると言ってからでないと、やっても効果がないのです。ですからそれをよく心得ておかなければならないのです。』
   2 御願い事をする場合
    イ 足を運んでお願いする事
   『ちょうどなにかの場合に、御利益をいただきたいと神社仏閣に行って、どうかお助けいただきたいと言うのなら御利益をいただけるのです。それをその辺をボヤボヤと行ったり来たりしていれば、なにをしている、と神様だって横を向かれます。というのは、人間と神様の地位に高下のあることを忘れてはいけないのです。』
    ロ 御願いする時、誠をお供えする事
 『それから「なおしてやるから御礼しろ」とか、また「なおったら信仰にはいらしてもらう」というのならよいですが、「なおったら信仰にはいってやる」というのは、どっちが上だか分からないことになります。大体、なおったら御礼するということも、今までは神様を傭って使うようなもので、賃金をやるようなものです。これだけの仕事をするから、これだけの賃金をやろう、ということでは神様だって横を向かれます。そこがなかなか難しいのです。また、あんまり御利益のないのに金を上げろというのもいけないことです。前に、天理教の教師で、病気で苦しんでいる時に、いくらいくら金を上げれば助かるということをよく言うのです。それで、そのいくらいくらを上げるのですが、なおらないで死んでしまうことがありますが、私は、それでは神様がやっているのではなくて、神様の取り次ぎ者が詐欺をやっている、とよく言ったことがありますが、これは御利益があって、本当にありがたいという感謝の気持ちで上げるのが本当のことで、受け売り仕事でさせるのはいけないのです。しかしまた、それだけの御利益があり、命まで助けてもらいながら、それを忘れたり、よけいなつまらない金にはウンと使って、御礼の方には少しばかり上げるということも理屈に合いません。ですからこの前も言ったとおり、理屈に合わなければいけないということです。』(以下略)


楳木先生に浄霊の急所を教えて頂きたく電話をした所、「肝臓を重点的に浄霊して下さい。右肋骨の一番下の部分から斜め上へ向ってやると良い、そこが肝臓です」と教えて頂いたので、それからは肝臓への浄霊を徹底して行ないました。


C型肝炎
3月に浄霊力を拝受いただいて二週間ほど経った頃、夢を見ました。その夢の中で私の裸の人体が現れて、体の色々な部分が黒く塗られていたんです。それで、そこに曇りがあるからそこを浄霊しなさいという意味なのかなぁと受け止めさせていただいて、それ以来、記憶の範囲内の所をしているんですけど、そしたら段々と気持ちよくなっていっているんです。それと共に、注射している部分とか、関節の内側、肘、膝、股関節、下腹部、それからここの大腿部のところとか、体に痒いところが出てきているんです。本当に不思議だなぁと思っています。
この夢については、楳木代表先生が、「夢は自分を守護してくれている先祖が、その先祖が創作して、その創作した時に大事な夢を見せてくれる、その許可は神様から出るわけ・・・そういう浄霊の急所をね、先祖がわざわざ神様の許可をもらって夢で知らせたわけなんでね。」
と御指導して下さいました。メシヤ様と繋がることでご先祖様も霊界で働かれ、その証しとして見せていただいたのかなぁと思っています。


厳しい薬毒排泄の浄化を乗り越えて
先生に浄霊の急所を聞いてくださり、脊髄と尾てい骨の交わったところを集中して御浄霊いただきました。

メシヤ講座・特選集(№103・平成21年8月分)
『メシヤ様』と唱えることで、絶大なる救済力を賜ることを実証してきた私達からすれば、“もったいない”の一語に尽きるのです。信徒の皆さんがせっかく賜る筈の恩恵を先送りにしているのです。光が強くなったとされる時代から、有に50年が過ぎているのです。毒素溶解のシステムに伴う大まかな急所は認識すべきではありますが、浄霊力が強化されていることから御守護は速やかになっていることを認識すべきなのです。

メシヤ講座・特選集(№57・平成17年10月分)
御経綸は刻々と進められておりますので、毎日が「学習の日々」というように捉えて過ごさねばなりません。そうした話をして、「浄霊」と「祈りの栞に寄せて」の本をお渡しいたしました。
皆様も浄霊力という「霊の行使」を許された、謂わば霊能者ですので、以上の内容を今日の慶き日に改めて課題として捉えていただきたい、と願っております。
取り分け学習を積み重ねてゆくことは非常に大切です。何故なら、浄霊の急所は人間生活と人間そのものの研究によって更に明らかになってゆくからです。
現代社会から受けている精神的肉体的影響を明確に理解した上での実践となれば、浄霊が更に有効となります。