慰霊についての御教えをピックアップして掲載しようと思います。


【御教え】御光話(S23年3月8日)
――仏壇へ生臭いものを上げるのは?

 かまわない。酒だっていいですよ。それからふだんも善言讃詞を全部上げるのが本当はいいんだが、時間もかかることだから簡単に最後の二句だけでよい。

【御教え】御光話(S23年5月18日)
――夕方のお祀りのとき御軸に善言讃詞をお上げいたしますが、仏壇にもやはり善言讃詞をお上げしたほうが……と存じますが……

 法事やお祀りのときは仏壇に善言讃詞を上げるが、ふだんは上げないほうがよい。ただ最後の二句だけでよい。もし上げるならば、観音様の御軸に祝詞と善言讃詞をお上げし、仏壇には善言讃詞だけ上げる。こうしないと御軸と仏壇と格が一緒になってしまいますから。


【御教え】御垂示(S26年10月1日)
「仏壇に善言讃詞を奏げますのはいかががでしょうか」

 それは神様と同じになるじゃないか。だから神様に対して御無礼になる。そこに違いがなければならない。お祭りのときだけはそうして良いが、普段にやってはいけないと言ってあるでしょう。神様のほうは平等じゃないんですね。非常に階級をつけるんです。


【御教え】御光話(S23年2月8日)
――死んでからあの世で判る人が多いです。御守りのことが存命中は判らず霊界へ行って初めて判り、「お蔭で明るい所にいることができます」と非常に感謝されたことがあります。

 この道で助かるにはやはり人間としての道を踏まねばならない。
 新家庭は必ず仏壇を設けねば駄目なんです。
 霊媒に観音様が憑ったからとて丸呑みにはできません。
 ふつうの観音様や仏壇に善言讃詞を上げても駄目です。やむを得ないとき……例えば光明如来をいただこうとしているが、表装がまだできないときは別ですが。


【御教え】御垂示(S26年12月8日)
「仏壇に善言讃詞はいけないと御教いただいておりますが、信者さんで何か仏さんに奏げたいと言うのでございますが――」

 善言讃詞はいけないですね。幽世大神(かくりよのおおかみ)――それをやっているでしょう。それで良いです。

「御屏風観音様御奉斎のときに善言讃詞は――」

 いかんですよ。つまり、神様と祖霊と同じにすることがいけないんですよ。祖霊のほうがずっと下だからね。その区別を著しくしなければならない。同じ扱いではご無礼と言うよりも、祖霊が苦しむんです。御賛歌で、あとは構わない。

「命日には――」

 命日にもいろいろあります。新しい仏の命日と、古い仏の命日と違いますからね。少したくさん祖霊があったら、毎日命日があるということになる。ただ、法事というのがありますが、そのときのは善言讃詞を奏げて良いですよ。

「未信者で、御魂をいただき、御屏風観音様をいただけないという者で――」

 だけども、まあ信者だね。だから、いつも――幽世大神に御讃歌で良いです。

「御屏風観音様を初めていただき、光明如来様はお祀りしておりませんが、御魂鎮めの形式は――」

 良いですよ――初めてのときはね。