お盆が近づいていますので、お盆についてメシヤ講座から学ばせて頂きます。
お盆の時期も全国的には8月が多いですが、7月の地域もあります。

ウィキペディア(Wikipedia)から引用します。
伝統的には旧暦7月15日にあたる中元節の日に祝われていた。しかし、日本では明治6年(1873年)1月1日からグレゴリオ暦(新暦)を採用。従来、日本の多くの年中行事は旧暦を基にしていたため、年中行事によっては新暦の採用によって季節が合わなくなるものを生じた。特に新暦の7月15日が農繁期にあたる地域では著しく支障があったため地方によってお盆の時期に違いがみられるようになった。 
全国的には以下のいずれかにお盆を行うことが多い。 
旧暦7月15日(旧盆)
沖縄・奄美地方など。旧暦によるとお盆の日程は毎年変わり、時には9月にずれ込む。
新暦7月15日(もしくは前後の土日)
東京などの大都市部や東北地方など農繁期と重ならない地域では新暦7月15日となっている。東京盆と呼ぶこともある。
函館、東北地方の一部[1]、東京下町・横浜中心部・静岡旧市街地、栃木市旧市街地、石川県の一部(金沢市旧市街地、白山市旧美川町地区、かほく市旧高松町高松地区)など
新暦8月15日(月遅れ盆)
ほぼ全国的に多くの地域。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2019年6月13日 (木) 23:16 




お盆の意味

― お盆の意味について教えてください。

「今月はお盆についての質問が多いので、メシヤ様の教えをそのまま紹介致しましょう。
『釈尊の大慈悲から盂蘭盆会(うらぼんえ)というものを作り、毎年一回日を決めて、地獄にいる霊を子孫の家へ還らして下さるのである。その日は地獄の釜の蓋が開くというが、兎に角地獄の祖霊も仏壇へ招かれ子孫に供養される。地獄の霊もそれを知っていて待っているのである。

元来祖霊は常に全部仏壇にいる訳でなく、平常は選ばれた留守番の霊がいるだけで子孫が拝む時だけ仏壇に集まるのである。その際仏壇にはある程度救われた霊だけしか来られない。つまり八衢(やちまた)以上のものが来られるので、地獄にいる霊はお盆の時以外は来られないのである。

お盆には種々の儀式を行って霊を迎えるのであるが、‘おがら’を焚くのはここからお入り下さいという目印である。(昭和24年3月1日)』

また、地方によりお盆の日が違いますが、その土地の風習のままでよいということです。『霊界では、伝統や習慣のままにしてくれる』という教えもありますから、それぞれに伝わることに誠を込めていくということが大切ですね。」

仏壇の内部は極楽浄土の形

― 地獄は無くなる、というように伺っていますが・・・。

「そうですね。ただ、今は過渡期ですから、天国建設と平行して無くなりつつあると解釈したらよいと思います。また同時に地獄を維持したいという、天魔羅刹、夜叉龍神の働きも侮れません。私も命を狙われたくらいですから。やはり基本を知り、極当たり前のことを心掛けるように致したいと思います。少し長くなりますが、メシヤ様の教えを紹介しておきます。

『仏壇の意義を概略説明するが、仏壇の中は極楽浄土の型であって、それへ祖霊をお迎えするのである。極楽浄土は百花爛漫として香気漂い、常に音楽を奏し飲食裕かに諸霊は歓喜の生活をしている。それを現界に映し華を上げ、線香を焚き、飲食を饌供するのである。

又鐘は二つ叩けばよく、之は霊界に於る祖霊に対し合図の意味である。之を耳にした多数の祖霊は一瞬にして仏壇の中へ集合する。然し此事は何十何百という祖霊であるから、小さな仏壇の中へ如何にして併列するか不思議に思うであろうが、実は霊なるものは伸縮自在にして、仏壇等に集合する際は其場所に相応するだけの小さな形となるので、何段もの段階があって、それに上中下の霊格の侭整然と順序正しく居並び、人間の礼拝に対しては諸霊も恭しく会釈さるるのである。

地獄からの脱出

そうして飲食の際は祖霊はそのものの霊を吸収するである。然し霊の食料は非常に少なく、仏壇に上げただけで余る事があるから、余った飲食は地獄の餓鬼の霊に施すので、その徳によって祖霊は向上さるるのである。故に仏壇へは出来るだけ、平常と雖も初物、珍しき物、美味と思うものを一番先に饌供すべきで昔から孝行をしたい時には親はなしという諺があるが、そんなことは決してない。寧ろ死後の霊的孝養を尽くす事こそ大きな孝行となるのである。

勿論墓参法事等も祖霊は頗る喜ばれるから、遺族又は知人等も出来るだけ供養をなすべきで、之によって霊は向上し、地獄から脱出する時期が促進さるるのである。

世間よく仏壇を設置するのは長男だけで、次男以下は必要はないとしてあるが、之は大きな誤りである。何となれば両親が生きているとして、長男だけが好遇し、次男以下は冷遇又は寄付けさせないとしたら、大いなる親不孝となるではないか。そういう場合霊界におられる両親は気づかせようとして種々の方法をとるのである。その為に病人が出来るという事もあるから注意すべきである。(昭和24年8月25日)』

ここにご紹介致しました教えは、昭和20年代のものであるということを踏まえて接していただきたいと思います。霊界の様相が変化していることは勿論のこと、時代背景は著しく変わっておりますからね。それから、地獄が徐々に無くなるということを最も実感しているのは、他ならぬ地獄にいる霊です。自分達が向上した後無くなれば言うことはないのですが、そうではない場合は非常に困ります。やはり焦りも出る訳ですね。

そのことを現界にいる私達が理解し、可能な限り徳を積ませていただくことが大切なのですね。教えに触れると、‘徳’というものが如何に大切かということが解りますね。現界で生活している私達は、祖霊が霊界で徳を積むことができるように尽くしていくことですね。また、私たち自身が徳を積む道は限りなく多くありますから、日頃の心掛けが非常に大切です。」

お彼岸、礼を尽くすことの大切さ

― お彼岸についてはいかがでしょうか?

「メシヤ様の教えでは『彼岸の時は太陽が冬至と夏至の真中を廻る時で、丁度いい時なんですね。で、この丁度いいという事が天国、極楽になるのです。つまり理想世界の事ですね。彼方の岸というのは‘理想郷’の意味でしょうね。でその時御墓参りをするという事で、別にはっきりした意味はないのですが、まあ丁度いい時に先祖を祀るという訳で之は理屈なしにいい事ですね。』とあります。

これは天国の型づくりですね。ご神体を迎えたご家庭には、ご神前に入るときに靴下を履くようにお願いしています。それは、清浄な神域を保つために礼を尽くすように心がけるということです。その家庭の聖域をより清らかに保つことにより、天国化が進むのです。私自身、暑い日でも朝から就寝時まで靴下を履いているというのは、何時でもご神前に入室できるようにしているからです。

これは祭事の作法にも通ずることです。‘左進右退’の神律を心掛けるということも、やはり天国化のリズムです。人体では左が上座で、右が下座になります。ですから浄霊も相手の左から右へとしていきます。

余談ですが、私は春に怪我を致しまして以来、神様から動き方を随分修正させられています。左進右退のリズムです。色々深い意味がありますね。お蔭様で8月は風邪を引くことが出来ましたから、体力的には随分回復いたしました。」




メシヤ講座no.150浜松(平成25年7月)
 【メシヤ講座 浜松支部】
まずはじめに(暑さ対策とお盆について

先生

はじめにまず、暑い日が続いていますが、充分気をつけながらお過ごしください。

水分補給は不可欠ですが、あまり水ばかりを補給していると体液が薄くなってしまうので、夏野菜をしっかり摂りながら、水分として補給してください。それから水を飲む場合には、塩を必ず添えて飲むように心掛けていただきたいと思います。そういうことを心掛けながら体調管理にお努めいただきたいと思います。

それから、浜松市の場合は、現在、お盆です。

しっかりご先祖の慰霊に取り組んでいただきたいと思います。毎日、お供え物をあげて、善言讃詞を奏上して、霊界での・・・、とりわけお盆の間は地獄の釜のふたが開くと言われていますので、地獄に在籍する先祖も各仏壇に帰ることが許される訳ですので、その柱を充分慰霊してあげていただきたいと思います。この3日間が終わると釜のふたが閉まるということになりますので、地獄に在籍している柱は仏壇に帰ることができなくて、仏壇にお供えしたものは先祖のそういう係のものが地獄まで届けなくてはいけないということです。大変ご不自由な生活をされていますので、お盆の間にしっかり慰霊をしていただきたいと思います。



メシヤ講座・特選集no.3 (平成13年2月分)
<質問者>先月、考え方を変えていかねばいけない、というお話を伺いましたが、具体的にはどのようなことでしょうか?

経綸についてもう少しお伝えしておかねばなりません。平成12年のことはお伝えした通りですが、平成13年、14年は霊界が整えられると神様から知らされています。霊界と言っても、我々のご先祖の事だと思って頂ければ良いです.お盆も13から始まるでしょ。そして15年から愈々地上ということになります。そこで、先程の話と関連してきますが、私達の身辺に起きる色々な事象は先祖と関係しているという見方も加味しておいて頂きたいと思います.余り捕らわれ過ぎても、「うまくいかないのは全て先祖のせいだ」という責任転嫁になってもいけませんから・・・。しかし、先祖と言っても、自分も先祖の生まれ変わりですから全て自分の責任なのです.どうも理屈っぽいですね。まあ身辺の事象にはそのことを加味して判断してください.

例えば、現在私達は平和を享受していますが、50年前は違っていました。更にそれより100年前はもっと違ってました。私の祖父など「あそこで何年前にこういう人が切り殺された」と言うような話をしていました。だから自分だって前世で人を切っているかもしれないし、切られているかもしれない訳です.また私の家は庄屋でしたが、1升枡が二種類ありました。大きい方で小作から集め、小さい方で醵出していたのでしょうね.大変な罪です。どこで人を騙していたか解りませんよ.はたまた人を路頭に迷わせていたかも知れません.それから住んでいる土地ですね.「ここは私の土地だ」と威張ったって、高々100年くらいのものです。極端な話、45億年前は誰のものでも在りません。ですから、例え自分の力で家を建てるとしても、その土地を使わせて頂くという気持ちが大切です.地鎮祭などはそうした心の上に成り立たねばなりません。そして土地には長年月の間に数々の人が関わっていますので、様々な思い、執着心なども存在します.曰くのある土地では、塚を建てたり、石碑を建てたりして、先人に敬意を払わねばなりません。勿論、私達のご先祖の慰霊祭は人任せにせず真心をもって執り行ってください.その為にも、この機会に位牌等を整えていく事も大切です.

それから、今生きている人にとって大切な事は、他界する時に「死の自覚」を持つという事です.ちょっと変な話になります。輪廻転生を信じない人には言っても無駄ですが、それでも聞くだけは聞いて頂きたい.死の自覚を持たないと、霊は夢遊病者のようになります。肉体は滅びますが、霊は生きていると錯覚します.ですから葬式などは重要なのです.死の自覚を促しますからね.ただ悲劇なのは、病気による苦痛を和らげるために薬によって朦朧とさせてしまうことです。苦しむ家族を看続けることは大変辛い事です.何とか楽にしてやりたいと思う事は当然です.しかし、朦朧状態で死を迎えますと、死の自覚云々の前に、霊は朦朧状態のままでいなくてはなりません。そうなっては、神様と言えども救えないそうです。


◎お盆は地獄の釜の蓋が開く  http://takaamahara.blog.jp/archives/11261430.html

(先生)
八月はお盆ですね。お盆は地獄の釜の蓋が開く時なので・・・
日頃仏壇には地獄に落ちている霊は来ることができません。お盆の三日間だけは帰ってこられますので大いに帰ってこられた方々を接待して、御馳走して、それぞれの郷土料理をあげて、そして『善言讃詞』をしっかり唱えてあげてください。
そうすると、地獄へ帰ってまた修行するときの励みになりますから。そして、頑張っていけばまたこういう慰霊が受けられるのだ、との想いを持っていただけるように精一杯尽くしてあげていただきたいと思います。
それから、今週来週と猛暑が続くようですので体調管理に十分気をつけながらお過ごしいただきたいと思います。それをお願いして終わらせていただきます。


【御教え(昭和24年)】
『――お盆の意味についてお伺いいたします。
 釈尊の大慈悲から盂蘭盆会というものを作り、毎年一回日を決めて地獄にいる霊を子孫の家へ還らしてくださるのである。その日は地獄の釜の蓋が開くと言うが、とにかく地獄の祖霊も仏壇へ招かれ子孫に供養される。地獄の霊もそれを知っていて待っているのである。
 元来祖霊は全部仏壇にいるわけでなく、平常は選ばれた留守番の霊がいるだけで子孫が拝むときだけ仏壇に集まるものである。その際仏壇にはある程度救われた霊だけしか来られない。つまり八衢(やちまた)以上のものが来られるので、地獄にいる霊はお盆のとき以外は来られないのである。
 お盆には種々の儀式を行なって霊を迎えるのであるが、「おがら」を焚くのはここからお入りくださいという目印である。これはいままで夜の世界だったため霊界も暗いので灯りを見せないと霊がまごつくからである。
 ここで注意したいことがある。それは仏事はどんな古い先祖でもするほどよい。また長男だけが祖霊を祭り、次男以下は祭らないのがあるがこれはよくない。霊界人となってもやはり現界と同様親子兄弟の情は同じことで、自分の子供のどの家へでも行けるようにありたいわけだ。従って、次男も三男も全部祭るべきである。
 位牌が多くて始末に困るときは面識ある祖霊はそれぞれに位碑を作り、面識のない祖霊は先祖代々にまとめてよいのである。』
以上


お盆ですので慰霊に関してメシヤ講座から学ばせて頂きましょう。
慰霊について(メシヤ講座・三重より)