平成31年5月1日
覚りの旅 令和元年5月度 覚りの旅 『霊と体』を終えて

司会
みなさん月次祭おめでとうございます。
本日は、 『霊と体』『主神様とメシヤ様』117Pです。

ズーっと順番に学ばせて頂いておりますが、時節に応じた的確なテーマとなることに驚いております。ピッタリの学びをさせていただけることに感謝申し上げます。これが霊主体従による学びなのだと思います。

それでは、拝読をお願いいたします。

参加者
『霊と体』拝読
霊と体 世界救世教奇蹟集 昭和28年9月10日

 以上のごとく、一切万有は霊主体従が原則であるとしたら、本著にある幾多の奇蹟もこの理が分れば敢(あ)えて不思議はないのである。例えば危機に際し間髪を容れず難を免れたり、高所から墜ちても疵(きず)一つ受けず助かったり、博士や大病院から見放された重難症患者でも、何なく治るという事実である。しかしながらこれを充分徹底するには、どうしても宗教的解説が必要であるから、読者はそのつもりで読まれたいのである。
 それについてまず知っておかねばならない事は、霊界と現界との関係である。というのは人間という者は肉体の着衣と同様、霊も霊衣を着ており、霊衣とは一種のエーテルであって、これは霊から放射される光で朦朧(もうろう)体ではあるが、肉眼で見る人もある。そうして霊衣なるものは天気と同様、常に晴れたり曇ったりしている。すなわち善を思い善を行えば晴れ悪を思い悪を行えば曇るのである。ゆえに正しい神を信ずれば光を受けて曇りはそれだけ消されるが、邪神を拝めば反って曇りが増すのである。ところが普通人は霊的智識がないため神とさえいえばことごとく正神と思うが、これが大変な誤りで、実は邪神の方が多いのである。その証拠には先祖代々熱烈な信仰を続けているにかかわらず、不幸の絶えないという家をよく見かけるが、これは拝む本尊が邪神かまたは弱神であるからである。ゆえに正神に帰依し、人を救い善徳を積めば積む程、光は増すから霊衣も厚くなる。この厚さは普通人は一寸くらいだが、善徳者になると五寸から一尺くらいに及び、神格を得た高徳者になると数十尺から数哩に及ぶ者さえある。大宗教家などは数国もしくは数民族にも及ぶもので、釈迦、キリストのごときはこの種の人である。ところが救世主となると人類全体を光に包むという実に驚くべき威力であるが、しかし今日まで救世主はいまだ世界に現われた事のないのは歴史が示している。以上によっても分るごとく、霊衣はその人の心掛次第で厚くもなり薄くもなるので、人間はこの事を信じて大いに善徳を積むべきである。例えば汽車自動車などが衝突しても、霊衣が厚ければ車の霊は霊衣につかえて当らないから助かるが、霊衣が薄かったり無である場合、死んだり重傷者となるのであるから、本教信者が災害を免れるのもこの理によるのである。
 次に運不運も同様であって、この理もザッとかいてみるが、人間の体は現界に属し、霊は霊界に属しており、これが現界、霊界の組織である。そうして霊界は大別して上中下三段階になっており、一段階が六十段で、それがまた二十段ずつに分れ、総計百八十段になっている。もちろん下段は地獄界、中段は中有界といい、現界と同程度の世界であり、上段が天国になっている。そうして一般人のほとんどは中段に位し、その人の善悪によって上にも昇れば下にも降る。すなわち善を行えば天国に上り、悪を行えば地獄に堕ちるのである。しかも現界と異って霊界は至公至平にして、いささかの依怙(えこ)もないから悪人には都合が悪いが、この事が信じられる人にして、真の幸福者たり得るのである。もちろん地獄界は嫉妬(しっと)、怨恨(えんこん)、嫉(そね)み、憎み、貧窮等仏教でいう貪瞋痴(どんしんち)が渦巻いており、下段に降る程濃厚となり、最下段は根底の国、または暗黒無明、極寒地獄、煉獄ともいわれている。といっても死後ばかりではなく、体は現界にある以上、霊そのままが移写されるから、七転八倒の苦しみの末、一家心中まで企(くわだ)てる者のあるのは、常に新聞に出ている通りで、人間の運不運は、霊界の地位いかんによるのである。もちろんその因は善悪の因果律による以上、悪人程愚かな者はない訳である。事実悪で出世をしても一時的で、いつかは必ず転落するのは前記のごとく霊界における籍が地獄にあるからである。それに引替え現在いかに不運であっても、その人の善行次第で、霊界の地位が向上する結果、いつかは幸運者となるのは、厳として冒すべからざる神律である。従ってこの理を諭(さとし)えるのが宗教本来の使命であるにかかわらず、今日まではなはだ徹底しなかったのは経典と説教を主とし、肝腎な実力すなわち奇蹟が伴わなかったからである。
 ところがいよいよ時節到来、主神は今や絶対力を発揮され給い、本教を機関として驚くべき奇蹟を現わし、人類の迷妄を覚ますのであるから、いかなる人といえども信ぜざるを得ないであろう。


司会
はい、ありがとうございます。
「霊と体」いつものように簡単にまとめてみました。復習です。

図―1
1-5-1


「霊と体」という事で、
処が愈々時節到来、主神は今や絶対力を発揮され給い、本教を機関として驚くべき奇蹟を現わし、人類の迷妄を覚ますのであるから、如何なる人と雖も信ぜざるを得ないであろう。
一切万有は霊主体従が原則ですよ。という事と、奇蹟は不思議ではないですと。
霊主体従によれば不思議ではないですね。
肉体、服を着てますよね。それと同じ様に霊も霊衣という衣を着ています。
善を思い善を行えば晴れたり、悪を思い悪を行えば曇ってしまうと。
晴れたり曇ったりですね。
拝む的というのは正しい神。善を思うということ。
悪を思う、邪神を拝んだりすると、曇ってしまう。
神といっても邪神とか弱神の方が多いそうです。
熱烈な信仰なのに不幸が絶えないというのは、こういった原因ですよと。

図―2


1-5-2
ですから、正神に帰依し人を救い善徳を積むと、そうすることによって光は増していきますよ。霊衣が厚くなるんですよと。
人の心掛け次第、大いに善徳を積むべきで、厚ければ災害も免れるんですよと。
さっきの霊衣っていうやつね。その霊衣が守ってくれるので、もし誤って事故などした時にも助けてくれるということ。オーラとかいうもの。見える人がいるよね。それが厚いということです。
普通人は一寸。
善徳者は五寸から一尺。
神格を得た高徳者は数十尺から数哩におよぶと。
大宗教家は数国、数民族におよぶ。釈迦とかキリストですね。
だけど、釈迦、キリストはメシヤではないんです。救世主ではないんです。
救世主、メシヤと言われる人になると、人類全体を光に包むんですよと。
ですから、メシヤ様の光の玉は地球全体を包みます。
霊主体従・神律を説き、奇蹟の体現。奇蹟です、勿論浄霊ですね。
そうしていくのが宗教本来の使命。

図―3

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霊界の組織。これ、何回も出てきますね。この図。
普通の人間は中有界。だから、60段・60段・60段、上・中・下と60段ずつに分かれて、それがまた20段ずつに分かれる。全部で180ありますよということを言ってます。一番上に主神様がおられます。181になります。
この、どこに居るのかという事が現界に移写してきて、体に移写してくるので、この上下によって人間の幸不幸が決まってくるよと。
どこに位置するかというのは至幸至平で、依古ひいきありませんよと。
依古ひいきないそうです。
この、一番下、下段のまた一番下の20段は根底の国というそうです。暗黒無明、極寒地獄、煉獄、辛いところですよね。
こういったことを信じる人が真の幸福者たりえますと。この下段は地獄界と言って、嫉妬や怨恨、妬み、嫉み、憎み、貧窮が渦巻いているんですよと。これが反映してくる、周りがこういう事が渦巻いてるという人は自分の霊界の位置というのはこういうところにいるということですね。こういう現状が表れてるということは。だから、上がるように善徳を積まなくてはいけないという事。
で、人間の運不運は霊界の地位によります。もとは善悪の因果律です。だから、悪人ほど愚かなものはないと。悪人は落ちていくわけですから、現界に反映してくれば。悪人がどんどん悪になっていくという事はそういう事でしょうね。悪人ほど愚かなものはない。悪で出世をしてもいつかは必ず転落しますよと。それは霊籍が地獄にあるからです。
善行を積んで幸運者となりましょう。それが神律です。

簡単にまとまってしまったんで・・(笑)

図―4

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これ、この前もしたけど・・その時居ましたっけ〇〇さん。

参加者
はい。

司会
「令和」ということで、「ワ」を意識して・・ここ(図の〇の右の・)に居て全然違う意見があると、甲と乙の意見があると、言いたい事言ってると段々離れていきますよね。離れていきますけども全ての事を言い足らわして全部言っていくと、あれっ結局一緒の事を言ってたのかなぁと。
何だ、同じ地上天国建設のこと言ってるじゃないかって・・色々言い方が違うけども。となって、まとまるんじゃないかなと。こういうのを本当の「ワ」と言うんですよという話をさせていただきました。

参加者 
うーん。

司会
これ、結構使えるかなって。

参加者
一か月の間にこれをちょっと小さくですけど感じるようなことはありました。

司会
あぁ、本当。

参加者
この図を思いながら色々事にあたりました。

司会
それはいい事ですねぇ。

参加者
はい。

司会
また、体験発表とか。

参加者
・・(笑)

図―5
1-5-5


司会
で、前のメシヤ教の中でも「メシヤ様に直に太くつながるとは」と、これは楳木先生が言われてきた事です。よく分からずに使ってる人が居るものですから、ちょっと書いてみました。
今まではメシヤ教の中での力強い浄霊力を頂くための取組み・・これは、先生が御神体御奉斎十周年の時の話。力強い浄霊力を頂くための取組みであって、非常に狭い取組みだったと。これからは組織を超えてどんな人にも他教団の人にも、よりもっと大きい気持ちでどんどんメシヤ様の事をお伝えする。メシヤ様と直につながれば浄霊力、大きい光と力が授かるんですよ。それが、今、出来る時代になったんですと。組織ではないんです。28年の7月に言われてますので。
だから、この言葉だけ「メシヤ様に直に太くつながればいいんだよ」という事がよく言われますけども、どういう意味で先生が言われたかという事を、組織じゃないよ、どういう人に対してもですよという事を意識していて欲しいなと思います。


図―6

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これも前にやりましたけども、「散花結実」、ミクラタナの神様がこのゝ(チョン)で〇に入りましたよと。メシヤ様の御腹中に入ったことによって御成長され、膨らんで、地球大の大きさになりましたと。お体が耐えきれなくなったのでご昇天されたと。だけど、その光の玉というのは地球全体を包んでいるので、誰でもメシヤ様の恩恵を授かるように地球全体を包んでいるのでという事のお話でした。


図―7
1-5-7


五月五日、五月五日の祭典というのはメシヤ教の方でやってますけども、ここも五月五日にやります。
ということで、「ス」の月の「ス」の日なんですね。
「ス」というのはホツマでいう「ア」。これ、「ア」の御文字なんですね。
で、これは先生がお話になられてたことなんですけども、ホツマツタエの中に出てくるんですけども、「クスツフムヌル」と。無声の音が霊界に先に響くんですって。「クスツフムヌル」っていう。で、これは「クス」を意識させるための・・僕も色々こじつけというか、関り、土地の地名とか色々な関わりを考えますけども、先生はその言霊と「クス」をつなぎ合わせたんですね。この御神体の意味合いを皆に知らせる為にというか、「クス」を神界が現界に知らせる為に、この玖珠の地を選ばれたんじゃないかという解釈です。
五月五日の意味の事で話をしてます。
地球誕生以来初めて現界に響いたのが「ア」。
これ(クスツフムヌル)が無声なので、言霊としては「ア」が響いた。


図―8
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三重としても、三救としても、もうちょっと踏み込んで解釈しておきたいなと思って。
というか、これも先生が説かれてます。
「ク・ス」というのは発射進展力、遠心力・創造性を具えています。だから、一番最初という事で、発射ですよね。で、進展、始まって、一番最初に御神体御奉斎ということで、発射進展力。この「ク・ス」が「エ」を生むのかな。ここはややこしいんですけども。

参加者
うん

司会
次は「ツ・フ」じゃないですか。「ツ」、三重が津。で、この「ツ・フ」というのが円融親和力。で、実現性・限定性を具えています。実在性・限定性を。
だから、次というのは円融親和力になるということですね。求められるのは。
で「ム・ヌ」となると凝集結合力。求心性・統一性・・これ、順番が合ってると思いません?
だから、僕たちは意識したいよということで。
ここ「クスツフムヌル」がリズムとなって鳴り出して「ア」と、さっきの話ね。
で、「アエイオウ」、これ五大母音ですね。で、父音が「クスツフムヌル」。
これで、産霊(うみむすび)の働きになるのかな。

参加者
「アエイオウ」なんですね?「アイウエオ」じゃなくて。

司会
この説き方はね。
それで、日常五十音の発生につながっていくと。
これ(母音)とこれ(父音)が混ざって子音が出来ますので。
これはメシヤ講座に書いてありますのでね。

参加者
あ、そうですか・・(笑)。

司会
書いてあるのを図にこうやって書いただけです。
で、自分の解釈として


図―9
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「クス」は玖珠だと、これは先生の解釈ね。
ここから私の解釈で・・・「ツ」は津だと。玖珠の次は津を意識しましょうという事と、「クス」「ツフ」ってやったので、これ、フツ、経津(フツ)ですよね。経津主(フツヌシ)、この前出てきましたよね。ここで「安濃に至りてハタレを討つ」って、討った神様が経津主です。香取神宮の神様。
で、この経津主を調べてたら、伊弉諾尊が火の神、火之迦具土を切ったとき、剣の刃からしたたりおちた血が天の安河のほとりにあるおおくの岩群となった。
行ってきました、ここへ。で、岩がずっとありました。ここのほとりにある岩群になったと。これが、この神の先祖であると言われると。香取神宮 春日大社などにまつられています。
経津主、意識するように。この前、行ってきたわけです。・・というか、たまたま行って、後から調べてこうですけど。(笑)


図―10


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さっき、円融親和力って出てきましたよね。円融ってどういうことかと。それぞれの事物がその立場を保ちながら、玖珠は玖珠、津は津、保ちながら互いにとけ合って障りのないことを言います。ピッタリだなぁと思って。それぞれの立場を保ちながら、融和し、さまたげの無い、完全にとけ合っている。そういうことです。
親和力っていうと、人と人とが互いに親しみうちとけようとする力。
実在性とは客観・観念、時間的・空間的な限定を超えて妥当すること。妥当とは実情によく当てはめること。適切である。現実、現在の事にきちんと当てはめましょうという事。神界のことばかり言っててもそれを現実に直に当てはめてく力が無いといけないという事。それが円融ですから。三重に求められるというのはそういう事かなぁと。意義を考えるとこうかなと。


図―11

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大ハタレ、これ、前にもやりましたけども。ここの発会式の時に。
大ハタレ 根の立山に・・北陸の方だね・・根の立山に現れて「安濃に至れば神議り フツヌシ遣りてこれを討つ」というのがホツマに出てきますよということで。
これ、フツヌシ出てますよね。安濃ってここですよね。間違いなくここですからね。ホツマで。この地域。
ハタレというのは人の恨み・妬み・想念の物質化。さっき出てましたよね、地獄界の話の中でこういう恨み・妬み・嫉み、想念の物質化。物質化するとハタレという。今で言う邪神という事ですね。
で、アマテル神の命令で三柱の神様ですけど、魂返しの術を初めて行ったのがこの安濃です。フツヌシの神ともう二柱おりますけども。乱れた魂の緒を解いて迷える魂(たま)と魄(しい)を天地の宮へ返すことを魂返しといいます。
だから、現在で言ったら浄霊じゃないですかと。

参加者
魂(たま)と魄(しい)?

司会
たましい、たましいの、魂(たま)と魄(しい)は別物なんですね。


図―12

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神集へに集ひ神議りに議り賜ひて、というのが出てきましたよね。えっと、神言でも出てきました。
心の岩戸を開くには。
メシヤ様の望まれた地上天国はどうしたらつくれるのか。
メシヤ様の御教えを伝えていくにはどうしたらよいか。
というのが、この、神議りに議り賜ひて。天津神も国津神も人間もですけども、議論するんだったらそういうことでしょうと。
あの人とこの人と組むってことではないんじゃないですかと。


図―13
1-5-13


私が詠みました。
― 天下り民と遊びて岐美(きみ)笑う舞う夜神楽は「御神体」とや -
以前にここのブログに出しましたよね。高千穂へ行って夜神楽を見て、岐美というのは伊邪那岐・伊邪那美です。神様が降りてきて夜神楽を踊ってるという事で。
要は、神様が地上に降りられて地上を天国にしていく働きそのもの。神様と共に私達人間が働くんですよということ。これが和の働きじゃないですかと。働きそのもの。御神体の御神楽ですから。


図―14

1-5-14

ちょっと話が飛んだりしてますけど、みんな一連性はあると思うんですけど。
「教団改革は批判するだけでは本当の改革にはならない」これは、十周年の時の話の中で、先生がメシヤ教を発足されようとなさった時の話で、本当は外へ出て教団裏面史というのを書いて発刊しようと思ったと、ただ、神界から教団改革というのは批判するだけではいけないんだという話で、それで、メシヤ教を立ち上げられたという話があります。
なんか状況がその頃と似てるんじゃないかなという気がしています。
で、この時に、これからはインターネットの時代で情報発信をということで、ホームページを充実していく事によって全国へつながってきたでしょということがあります。
で、御神体、お守りなしの浄霊、という事を推進していったという事ですね。メシヤ様の導きを得て。二十年前に戻っての話です。


図―15
1-5-15


だから、先生の進められてたことというのは、宗教宗派を超えて人種を超えて浄霊力伝授の取組みを進め。二十年前の思いですね。だから、ホームページの充実。で、後半になって「覚りの旅」をしたと。「覚りの旅」をやったその思いをもっと伝えていきたいということだったと思います。


図―16
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これ、この前やった中で、伝えたいというか、気になったのは、
メシヤの御手を通じてということが、この天国の福音書の「宗教は奇蹟なり」の中で、全知全能の神ということで、
万能の神は観世音菩薩またの御名光明如来と現じ応身弥勒と化し救世主(メシヤ)の御手を通じて自由無碍なる御活力を駆使し多々ますます奇跡を示し給い本教を機関として救世の大業を行わせ給いつつあるのである。
本教は元日本観音教団という名称で「観音は主神の表現仏」と御教え頂いてます。また、観音の「妙智」ということはいろいろの御教えにでています。観音の妙智は主神の全知の分有です。
ということで、ここで、メシヤの御手を通じてということで、善言讃詞の仁愛というのはメシヤの御手に帰一されでいいんじゃないかと思います、ということです。断定するわけじゃないですけど。


図―17
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5月5日は「ス」の月の「ス」の日


図―18
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五は?
五月五日の五です。 五について調べました。
五は「日」、六は「月」、七は「地」です。
五は「火」です。 出ずるということになります。
五は「表の数」です。 「内の数」というのは三です。
五は「霊」です。 「体」は三です。
五五は日出ずるです。 日の出です。
五×五=二十五です。 先生の亡くなられた日は三月二十五日です。


図―19
1-5-19


まだ続きます。
五は「経(たて)」です。 じゃ、三は緯(よこ)です。
あわせると、五三で、これを伊都能売といいます。
五は「箱根」です。 五は「火」です。
六は「熱海」です。 六は「水」です。
七は「京都」です。 七は「土」です。
五は「神様」です。 神界です。
六は物質界、今までの世界。
七は仏界。地、平らかな所。
これ全部、五・六・七となったのを、三位一体と言います。ミロクの形。
三位一体、三位一体といっても、神界・物質界・仏界、五・六・七、こういったのが全部一体となったのがミロクの形、三位一体と言うんですということです。


図―20
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で、五と三でイズノメですね。何でイズノメかというと、五はイズと読む。三はミヅ。イズ・ミヅでイズノメですと。イズミヅだよね、だけどイズノメって言ってます。
五は火です。三は水です。と言いました。というと、火(カ)と水(ミ)と読みますよね。だから、神(カミ)です。五と三でカミですと。伊都能売神となりますよね。
光という文字は火に一を足します。横は水を表します。
光が肉体を通ると三位一体の力となります。光だから火と水で、土がありませんので、肉体が土ですので、火と水と土を合わせると三位一体の力となります。光だけだと地がありません。
だから、浄霊というのは火水土一体の力です。


図―21
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まだ続きます。五と三。(笑)
五と三。火(カ)水(ミ)。男と女でもあります。
五三(ごじゅうさん)で伊都能売神。
男と女の神様。男であり女でありです。観音様は男であり女であり。伊都能売神様は印度の方へ行かれて観音様になられた。観音様というのは男であり女でありです。仏界では観音様。
男の節句は端午の節句、五ですよね、鯉のぼり、出世魚と言います。三は三月三日、おひな様で桃の節句。おひな様というのは天皇・皇后を表しています。


図―22
1-5-22


五月五日があるので、ずっと五月五日の話をしてますけども、昭和五年五月五日は、これ、五五五で午午午。五というのは一番陽、力が強いとき。最初の偉い神様が御降臨されたんですって、この時。
神様って言ってるんだけど・・観音様じゃないのかなぁ・・って思うんだけど。神様って。
今後の十年十月十日って言ってるんだけどね、にも大きな神様が御降臨される。といったら、十年十月十日じゃないですか。三十年十月十日。加良比乃神社へ行きましたけどね。というのがあって、十十十。


図―23

1-5-23

メシヤ講座180号ありますよと。
先生、ずっと積み上げられてきたんですよねという。180、ピッタリ。180号終わって、逝かれました。


図―24
1-5-24


で、色々資格があるとかなんとか言いますけども、
メシヤ様の信者とは 
学びたい 
伝えたい 
取り次たい 
救いたい 
お使い頂きたい 
じゃないですか、と僕は思います。
だから、人に資格がないとかって言う資格は無いよね。
放送大学のキャッチフレーズが「学びたい それが資格です」と。入学は誰でもできるわけです。学びたいっていう意欲があれば入学できるんです。試験を受からないと卒業は出来ませんけども。外国の大学はそうですよね。
だから、御教えを学びたい、学んで伝えたい、メシヤ講座を伝えたい、浄霊を取り次ぎたい、人を救いたい、神様に・メシヤ様にお使い頂きたい、そういう風に思うのがメシヤ様の信者じゃないですか。

参加者
うんうん。

司会
だから、あなたは学びなさいとか、こういう資格があるから浄霊のお取次ぎ出来ますとか、言うもんじゃないですよね。という事が言いたい。


図―25

1-5-25

五月五日は地球上に初めて主神様の御神体が現れて二十年の節目ですよと。


図―26

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で、これはさっきの話で、「批判するだけでは本当の改革にならない」と
「ゼロからの御神業に取り組むように」とメシヤ教立教の時に神界通信があったそうです。

参加者
ゼロから・・。


図―27

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司会
心に高天原を築こうということで、高天原はどこにでもあるんですよと。
小にして人間の心の中にあります。神仏を拝む、拝みたい、その心が高天原。もう高天原ありますよねという話。


図―28

1-5-28

それで、これはメシヤ様のお歌です。
「諸人の心の岩戸開くれば此世の闇は消ゆるなるらむ」26年のお歌です。
心に高天原を作って下さいね。


図―29

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それで、浄霊。
浄霊、色々皆さん解説しますけどもと。これはメシヤ様が言われてるんですよ。メシヤ様は、色々解説があるけども、魂に対して取次ぐ、これは外してはなりません。これだけは外してはいけないと言われてるんです。浄霊。
神様の話をしても分からない人は・・というか、「知らない」と避けるとか、そういう人は心の岩戸を閉じてるんですよと。
一番の根本は世界の岩戸を開けることですと。
世界に対して浄霊を取次いで神様の話をしていくという事ですね。


図―30

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これはメシヤ講座からですけども、病気回復、悩み解決する過程。こういう過程というのは・・浄霊の話から言うとってことね。浄霊は病気回復、悩み解決なんだと。
個にとっては重要ですけども、個人にとっては。世界の諸問題を解決して地上天国を建設するという願いがあるべきですね。個人の問題解決、これは大事ですよ。世界の問題もやっぱり考えておかないといけないよねという事。


図-31

1-5-31

その願いの成就のために関わりある人々に新たに浄霊を取次いで行きましょうと。
魂の成長に併せて岩戸開きに取り組んで参りたい。これが平成14年。
目安は覚りです。

参加者
目安・・目安。

司会
心の岩戸開き、覚りが得られるかどうか。
学んで覚っていく事によって、だから、浄霊を取次いで心の岩戸が開いていく。
そういう、目安というのは覚りなんですよ。だから、だからこそ「覚りの旅」をやってたんじゃないのかなと思うんですけど。


図-32

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人間生活そのものが宗教である。
これはメシヤ講座に出てきますけども、岸本英夫先生の宗教学という本の中から、先生は出されてるんですね。メシヤ教のホームページのトップに書いてあります。
人間生活そのものが宗教であると。その概念の喪失が諸問題を発生させてきたんだと。
解決方法が本来の宗教が人間生活であるという事を思い起こせと。
だから、人間生活そのものが大事なんですよと。


図―33

1-5-33

今まで、各宗教というのは必要があって生まれたんですと。必要があって生まれたんですね。だから、他の宗教にも学ぶ姿勢を持ってないといけないよねという話。これも、メシヤ講座でされてます。だからこそ、日蓮宗、日蓮のことを学んだり、空海のことを学んだりしてたわけですね。


図―34

1-5-34

誰でも希望すれば救済力を身につけることができます。浄霊ですね。
今はそういう時代になりました。地球大にメシヤ様の光の玉が大きくなられてるのでということで、可能な限り人類を救済していきましょうと。
それが願いです。


図-35

1-5-35
「令和」です。


図―36

1-5-36

今、徳仁(なるひと)天皇ですよね。浩宮(ひろのみや)様。
平成は明仁(あきひと)親王です。継宮(つぐのみや)様という。

お印(しるし)って知ってます?
名前で言うと失礼になるのでお印というのがあるんです。で
今の令和の天皇は「梓(あずさ)」。
平成天皇は「榮(えい)」。榮って桐なんです。


図―37

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「梓」っていうのはキササギとかキササゲとか言って、材木に図面を彫って印刷や出版に使われる。
本を出版することを上梓(じょうし)っていいますよね。これ、「梓」の字を使ってますよね。建築出版に使われる日常生活に欠かせない貴重な材木なんです。

参加者
へーっ。

司会
この「梓」って字を見ると、木・十・立 でしょう。
御教えでいくと、木は国の霊返しなんですって。クニって書いてキだから、木は国のことなんです。
十は経(たて)緯(よこ)、東西、東洋西洋。
東洋西洋を結んで立つ国。だから、東洋西洋を結んで立つ国が日本ですよと。
という事を、この天皇は・・。

参加者
そこまで出てきてるんだ。表してるんだ。

司会
これは僕が勝手に考えたんだけどね、「梓」っていうことから。


図―38
1-5-38

徳仁(なるひと)様、徳(とく)じゃないですか。
徳の字を分解すると、十と四と心になります。十四の心というよりも、四つの心を結ぶ彳(ぎょう)だから、行う。と、よんでみました。
行う、する、行ずる、四つの心を結んで行ずるのが徳、四魂。


図―39

1-5-39

で、四魂というのにつながりましたと。
四魂ということで、四魂の調和した働きを伊都能売の働きと言います。伊都能売の神様出てきました。それを観音行ですと。これ、御教えですね。
四魂って何ですか?と言ったら、荒魂(あらみたま)・奇魂(くしみたま)・幸魂(さきみたま)・和魂(にぎみたま)を総合したもの、調和したものを四魂という。
荒魂(あらみたま)というのは 勇です。勇気。勇気だけども強盗はダメですよと。
奇魂(くしみたま)というのは智慧の智。叡智はいいけども、奸智・才智はダメですよと。
幸魂(さきみたま)、愛というのは慈悲につながるということで、人を幸せにする気持ち。和魂(にぎみたま)が親。人と親しむ 怒らないこと。
だから、徳というのは四つの心を結んで行う伊都能売の働き。これを上手く調和していきましょうと。そういう天皇なんですねぇ。


図―40

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で、御教えで五智を説くというのがあります。
神智・妙智・叡智・才智・奸智と言いまして、
神智というのは特別の人間が神様から受ける智慧。重大使命を神から委任された人だけが・・
もう、メシヤ様ですよね。
妙智というのは観音様の智慧です。仏智 女性的でもあると。
叡智というのは、人間はこれ、さっきの話の叡智ということで、賢明な人間が表す智慧を叡智と言います。
才智というのは表面だけの浅智慧、愚智とか鈍智。
奸智というのは邪悪の智慧、悪い智慧。知識者、指導者にも多いので注意が必要ですよという。これ、御教えに、「五智を説く」に書いてあります。
これを無くしてこそ、明朗な社会、立派な国になりますよと。悪知恵働く人が多いのでそれを無くしていってこそ明朗な社会になりますよと。


図―41

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図―42

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さっき、メシヤって出てきましたよね。「仁」、天と地を人が結ぶ。これは、天皇陛下に全部ついてるよね。メシヤ様の仁でもある。という事と、さっきの言霊で、観音講座の中で岡田(オカダ)をつめるとアになると。仁斎(ジンサイ)をつめるとジに。で、イになるんだけども、母音でいくとアイがあるよね。ここに、愛が出てますよと。岡田仁斎には愛があります。そうすると、仁愛と書いた場合にジイウでズが出てきて、アイで後ろが来るからイになって、結局イになります。ここのズイというのは種ですよね。
だから、天と地を人間、メシヤ様がつなぐのが愛であって、仁愛というのはメシヤ様の事と言えるんじゃないですかと思いましたという話です。

こんなところですね。
はい、では終わらせていただきます。