気になっていたことをメシヤ講座で先生がお話しくださっていました。


〝ゆくゆく教団が一つになった時にみんなに考えさせて総意でした方が良いだろう″という気持ちが私にはありましたので、時期を待っていたのです。

ですが、ここまできたら役員達に将来的にも期待ができませんので、信者さん方は理解はできるのですけどもね。

『本来メシヤ様が進めようとなされた御神業』を進めよう″ということで、今活動していますが、その中で一番大事なことはこの『メシヤの御手に帰一され』がないことには日々そのような霊界づくりはできません。

-----この先生の想いは変わることはないのではないでしょうか。当初、一つになった時にみんなの総意で『メシヤの御手に帰一され』となることを期待しておられたのです。


メシヤ講座・特選集no.144(平成25年1月分) 
◎『仁愛(メシヤ)の御手に帰一され』と奏上し、本来の御神業を推進する

(質問者)

『メシヤの御手に帰一され』に変わったことについてわからなかったので、もう少し詳しく説明していただけますか。

(先生)

〇〇教団の時に、御神体が変わりました。その時に〝祈りの栞″の『善言讃詞』を元に戻すというようにしたのですが、『仁愛(みろく)の御手に帰一され』だけ抜けてしまったのです。

なぜこんなに肝腎なことが・・〇〇が三派を統一すると言って我々は色々と取り決めをやってきたのですけども、「『帰一され』を無くして統一ができるわけがないではないか」といくら言っても役員会はそのまま押し通してしまいました。

その後、〝なぜ『仁愛(みろく)の御手に帰一され』が入らなかったのかなあ″と私はズーッと考えておりました。

そして、メシヤ教でやる時には〝『仁愛(みろく)の御手に帰一され』を入れないといけない″ということで入れました。

あの時には、〝『仁愛(みろく)の御手に帰一され』だけでは駄目だ。やはり『メシヤの御手に帰一され』でなければいけない″という御神意がそこにはあったのだろうな。ということに私は気付いたのです。

(質問者)

ズーッと以前から思って見えたということですか。

(先生)

そうです。濵口さんには早くから言っていたのです。濵口さんはそれを聞いて「すぐ変えた方が良いのではないか」という意見だったのですけども、しかし〝ゆくゆく教団が一つになった時にみんなに考えさせて総意でした方が良いだろう″という気持ちが私にはありましたので、時期を待っていたのです。

ですが、ここまできたら役員達に将来的にも期待ができませんので、信者さん方は理解はできるのですけどもね。

今回、英文サイトを開いて外国の人達、まず英語圏の人達に『浄霊力伝授』をして行く時にいつまでたっても『仁愛(みろく)の御手に帰一され』を唱えていても世界的にはなっていけませんので、愈々この12月23日で切り替えようという気持ちが固まってきまして、英文サイトを仮開設したのは12月18日でそれから本開設までの期間に時間のある時には御神前に座って、「メシヤ様が御作りになられた『仁愛(みろく)の御手に帰一され』を『仁愛(メシヤ)の御手に帰一され』に変更しますけどもどうでしょうか」ということをメシヤ様に問い続けました。そうすると益々強く思わされましたので〝時期を早めよう″と決定しました。

メシヤ様御自身は『應神弥勒と化し』の後に『メシヤとならせ』と入れられたのですから、『みろく』に固執しているわけではないわけです。

『メシヤの御手に帰一され』は弟子たちが決めるべきことだということではなかったのではないでしょうか。

(質問者)

世界救世(きゅうせい)教となった時に『メシヤの御手に帰一され』としなかったのですね。

(先生)

しませんでした。メシヤ様が『仁愛(みろく)の御手に帰一され』としておりましたので。しかし、その後の教団は『仁愛(みろく)の御手に帰一され』を取ってしまったのです。

(質問者)

どうして取ったのかはわからないのですか。

(先生)

わからないのです。

二代様にしてみればメシヤ様は最高最貴の御存在ではなかったのですね。エンジェルと仰られましたから。神様ではなくエンジェルですよ。

ですから『仁愛(みろく)の御手に帰一され』という『万教帰一』は世界救世(きゅうせい)教がすべきものでない。ということから『帰一され』を外してしまったのではないでしょうか。

○○教に指導を仰ぎながら教団体制を整えてきておりますのでね。○○教団では、献饌などの形式も○○教式が残っているでしょう。メシヤ様は〝献饌″もゆくゆくは改めようとなされたわけですから。

そのために最後にメシヤ様が御出座された立春祭にはお供え物は何もないわけですから。御玉串料の全国からの奉告を積み上げたものと、お花だけですから。

それにも関わらず、メシヤ様が御昇天されると同時に、二代様が○○教に祭典の在り方など相談されたのです。

それで○○教式で葬儀をやってしまったのです。それが原点になって今の○○教団の祭典形式に引き継がれて未だに残っているのです。

私はもう一度〝『本来メシヤ様が進めようとなされた御神業』を進めよう″ということで、今活動していますが、その中で一番大事なことはこの『メシヤの御手に帰一され』がないことには日々そのような霊界づくりはできませんので、それで早めて昨年の12月23日から唱え初めたのです。