メシヤ講座で『文明の創造』の創造を学ばせて頂きましたが、その『科学編』についての「メシヤ講座での各所の学びをまとめていく」という構想を楳木先生はお持ちでした。一人でも多くの人が大浄化を乗り越えられるためにとの『文明の創造』に込められました、メシヤ様の深い愛と、現代の人により分かりやすくと願われた先生の想い(慈悲)を出来るところから少しづつでも形にしていきたいと思います。

『文明の創造 科学編』 の受け止め方-2

【御教え】『病気と医学』

 前述の如く、私は反文明の原因としての、戦争と病気の二大苦を挙げたが、其外(そのほか)に今一つの貧困がある。然(しか)し之は戦争と病気とが解決出来れば、自然に解決さるるものであるからかかないが、先(ま)づ戦争の原因から説いてみると、之は勿論精神的欠陥即ち心の病気にあるので、之も肉体の病気さへ解決出来れば、共に解決さるべきものである。
 右の如く病気も、戦争も、貧困も同一原因であるとしたら、真の健康人即ち霊肉共に完全な人間を作ればいいのである。然(しか)し斯(こ)う言えば至極簡単のやうであるが、実は之が容易でない事は誰も想像されるであらう。然(しか)し私から言えば、決して不可能ではない。何となれば必ず解決出来得るだけの方法を、神から啓示されてゐるからで、之が私の使命でもあり、其(その)一段階としての此(この)著である。
 従って先(ま)づ病気なるものからかいてみるが、病と言っても前述の通り、肉体と精神との両方であるが、現代人は普通病とさへ言えば、肉体のみのものと思ってゐる処に誤りがあるので、此(この)精神の不健康者こそ、戦争の原因となるのである。其(その)様な訳でどうしても人間が肉体と精神と共に本当にならない限り、真の文明世界は生れないのは言う迄もない。ではどうすればそれが実現され得るかといふと、それには勿論其(その)根本が解ると共に、可能の方法も発見せられなければならない。処が私はそれに関する根本義を発見し、而(しか)も絶対解決の方法迄も把握し得たので、茲(ここ)に詳細徹底的にかくのである。それに就(つい)ては先(ま)づ吾々が住んでゐる此(この)地上の実相から解いてみるが、元来此(この)地上の一切、今日迄の学問では物質のみの存在とされてをり、それ以外は無とされて来たのである。然(しか)し此(この)考え方たるや非常な誤りであって、無処(むどころ)ではない。人類にとって之程重要なるものはない程のものが、確実に存在してゐる事である。にも拘(かか)はらずそれが何故今日迄分ってゐなかったかといふと、全く唯物科学にのみ依存して来た結果であるからで、即ち唯物科学に於ての理論は、見へざるものは無と決めてゐた以上、之程進歩したと思はれる唯物科学でも把握出来得なかったのである。右の如く唯物科学で知り得ないものは、悉(ことごと)く否定の闇に葬って了(しま)った其(その)独断的観念こそ、学者の頭脳なるもののいとも頑(かたくな)な偏見さである。之に就(つい)ては多くをいふ必要はあるまい程、人類の幸福が文化の進歩に伴はない事実である。それを之から漸次(ぜんじ)説き進めてみよう。
 以上説いた如く精神と肉体共に完全なる人間を作るのが真の医学であるとしたら、現代医学は果して其(その)目的通り進んでゐるであらうかを茲(ここ)で検討する時、それは余りにも背反してゐる事実である。それ処ではない。寧(むし)ろ病気を作り、病人を増やしてゐると言っても過言ではない程の誤りを犯してゐる事で、それを之から詳しくかいてみるが、先(ま)づ医学なるものの今日迄の根本的考へ方である。といふのは医学は病気の原因が全然分ってゐないから、凡(す)べて反対に解釈してゐる。勿論唯物科学本位で進んで来たものとすれば致し方ないであらう。
 右の結果医学は病気の場合外部に表はれたる苦痛を緩和するのみに専念してゐる。従って医学の進歩とは一時的苦痛緩和法の進歩したものであって、其(その)方法として採られてゐるものが彼(か)の薬剤、機械、放射能等の物質の応用である。成程之によって病気の苦痛は緩和されるので、之で病が治るものと誤認し、緩和法を続行するのであるが、事実は苦痛緩和と病気の治る事とは、根本的に異ふのである。即ち前者は一時的で、後者は永久的であるからである。而(しか)も其(その)苦痛緩和の方法自体が病を作り、病を悪化させる結果なのであるから問題は大きいのである。
 何しろ唯物的医学であるから、人体も単なる物質と見るのみか、人間と人間以外の動物をも同一視するのである。それによって動物を研究資料として、病理の発見に努め、偶々(たまたま)何等かの成果を得るや、直(ただ)ちに人間に応用するのであるが、之が非常な誤りである。何となれば人間と動物とは形も本質も内容も全く異なってゐる事で、之に気が付かないのである。此(この)理によって人間の病気は、人間を対象として研究されなければならない事は余りにも明かであって、之以外人間を治す医学は確立される筈(はず)はないのである。そうして今一つ斯(こ)ういふ点も知らなければならない事は、動物には人間のやうな神経作用がないが、人間には大いにある。人間が神経作用の為に、どの位病気に影響するか分らない。例えば一度結核と宣告されるや、此(この)一言で患者の神経は大打撃を受け、目に見えて憔悴(しょうすい)する事実は、医家も一般人もよく知る処であらう。処が動物にはそういふ事が全然ないにみても肯(うなずか)れるであらう。
 以上によって見る時、現代医学の欠陥は、霊と体で構成されてゐる人間を、霊を無視して体のみを対象とする事と、人間と動物を同一に視てゐる点で、之が主なるものである事を知らねばならないのである。

御論文の拝読の仕方
『現代医学の欠陥は、霊と体で構成されてゐる人間を、霊を無視して体のみを対象とする事と、人間と動物を同一に視てゐる点で、之が主なるものである事を知らねばならないのである。』
今日拝読していただいた御論文ですけれども、メシヤ様が、御教えというのは身魂相応に受け取ることができるんだ、と。だから、何回でも拝読していかないといけない、というふうに我々に課題としていただいております。それで、今日の、この御論文をどのように拝読するか、ということが我々の課題であるわけですね。今日の御論文は、・・この一番最後の3行が、メシヤ様が結論としてですね、みんなに自覚しておいていただきたいということですね。
これが昭和二十七年当時の医学の欠陥点であるんだ、というふうにメシヤ様は御指摘されています。この御指摘されたことを、しっかり我々の腹において、そして、この『文明の創造』をまた最初から最後まで読み返すという、そういう学びの仕方をしておかないとですね、身魂相応に御教えを拝読していくという、その深まりというのを得ることができないということになります。
学んで、人間は人間らしく生きていくことができる。それを認識しなかったり学ばなかったりすると、人間らしくは生きていけないと、いうことです。ですから、人間らしく生きていくために実は宗教はあるのだ、と。こういうふうに若い人は特に論理立てをきちっとしてくださいね。お友達から聞かれたら、そういうふうに答えられるように訓練をしておいていただきたいと思います。

精神活動があるのが人間
『動物には人間のような神経作用がない』と書かれてますよね。そうなってくると、神経作用というのは精神活動ですね。そうすると精神活動を持っているのは人間である、と。
ということは、人間と動物の違いは何かというと、この精神活動があるということです。
この精神活動を持った最初は何だったかというと、葬式をしたということなんです。
人間が初めて人間になった時に。これは今から約六百万年前の類人猿の遺骨を掘り上げた時に、花をたむけた痕跡があった、ということから学問的に解釈されています。死者を弔(とむら)ったんだろう、と解釈されています。
要するに宗教行為をしたということが人間のスタートなんです。
だから宗教をするとは、どういうことかというと人間生活を送るということなんです。ということから、世間一般で宗教を否定するということは、「人間でありたくない」と言っているのと一緒だということです。この違いが分かっておかないと、取り分け西洋の方々に宗教の位置づけを説明することができないですね。
特によく海外に行かれた方々が、「あなたの宗教は何ですか」と言われて「私は無宗教です」と言うと、もうその時からお付き合いしてくれませんね。宗教を持ってない人というのは人間ではないわけなのでね。
そういうことがあるので、メシヤ様はこの最後の所でこのように書かれている、動物と人間の違いというのは、病気のことで触れているんですけれど、実は精神活動があるのが人間なんだ、と、しかもこの人間が人間として出発したのは葬式をした時からなんだ、と。これが学問的な人間の規定です。
だから人間は宗教を持っていないと人間ではないんだということです。
ですから、宗教概論のスタートとしては、人間生活を送るのが宗教を持つということなんだ、と。
この事を明確に持って置かないのですね、色んな方々に宗教を説明する時に「私は無神論だ」とか「私は神様を信仰しないわよ」というような人に説明する時に、この繋がりがしっかり分かっておかないと、病気の事も浄霊の事も単発に終わってしまいます。
浄霊をいただいてよくなった。「よかったね」で終わってしまいます。
この事をきっかけに、その人が人間らしい生活を営むことができるような、そういうふうに展開してあげなければいけないわけです。

人間の歴史は「お葬式をした」ということから始まっているのです。
それが動物と人間の全く違うところです。像など、遺体のまわりをグルグルまわったりして動物もお葬式に似たようなことはします。ですが埋葬はしません。遺体は野ざらしなのです。あるいは他の動物に食べられてしまいます。
しかし、人間だけは埋葬するか火葬するか風葬か鳥葬・・・そしてインドの方だったら川に流したりする葬送の仕方もありますが、遺体をそのままにはしておかないで何らかの形で弔います。そういうことをするということを人間は行います。そうすると動物と人間の違いは葬送をするということ。いわゆる宗教行為を行った瞬間から人間になったということです。宗教行為をしないのは動物だということです。宗教をやるということが実は人間の証(あかし)だということです。

メシヤ様が昭和元年に御啓示をいただいた過去・現在・未来というのは、過去はおおよそ50万年前からということですので、メシヤ様が我々に示していただいているのは、おおよそ50万年前から、人間の歴史がより人間らしい生活として始まったということであろうと思います。日本では、一万数千年前から石器時代ということですので、その時には石器を使って人間生活を送っていたということですね。そういう歴史に基づいて我々に御教えを下さっているという点を、ここでしっかり認識しておかないと、御教えがですね、薄っぺらい読み方になってしまいます。

『私は反文明の原因としての、戦争と病気の二大苦を挙げたが、其外に今一つの貧困がある。然し之は戦争と病気とが解決出来れば、自然に解決さるるものであるからかかないが、』『反文明の原因・・』ここでメシヤ様はすごいお言葉を述べられているわけです。『私は反文明の原因』文明ではない反文明の原因として戦争と病気、そして貧困というふうに書かれています。これらはすべて同一原因であると。病気さえ解決できれば他のものはすべて解決できるのだ、と、おしゃっておられますので、メシヤ様は真の文明を築く根っこには病気を解決するということがあるのだ、と。そして、そのことをみんなに知らせるために神から啓示をされたのだ、と。そして、それが私の使命であると。使命を果たすための第一段階としてのこの著であるということです。
『文明の創造』をお書きになっているということは、神様から反文明を解決するための啓示をいただいて、メシヤ様がみんなに伝えていくということが、使命であるとご認識されておられるというわけです。
その第一段階がまだご神業上なされていないのです。メシヤ様の進めようとなされた第一段階が、ご昇天になられて㊟56年になるのに、まだなされていないということです。そして、今、ここを中心にしてその第一段階を、やっと今やっているというわけなのです。ですから、大きなご神業の第一段階を、我々はさせていただいているのだというご自覚を持っていただきたいと思います。
『文明の創造』を初めて完全原稿にして世に出すということですからね。  ㊟平成23年の講義当時
今日の拝読をした中で、もう一回最初に戻ってみますと
『反文明の原因としての、戦争と病気の二大苦を挙げたが、其外に今一つの貧困がある。然し之は戦争と病気とが解決出来れば、自然に解決さるるものであるからかかないが、』と書かれております。『反文明』ということが重要です。
その後に、
『先づ戦争の原因から説いてみると、之は勿論精神的欠陥即ち心の病気にあるので、之も肉体の病気さへ解決出来れば、共に解決さるべきものである。』と、この精神的欠陥というところを拝読していった時に、宗教の概論が分かっておかないと、中々これを把握することができないわけですね。そして、そうしないと信仰の破綻状態になってしまいます。この組み合わせがきちんとできておかないと。それがズーっと拝読していくとですね、74ページ、
『右の結果医学は病気の場合外部に表はれたる苦痛を緩和するのみに専念してゐる。従って医学の進歩とは一時的苦痛緩和法の進歩したものであって、其方法として採られてゐるものが彼の薬剤、機械、放射能等の物質の応用である。』というところにですね、そこを読んでいきますと、いつも話をしている血圧の話しが一番分かりやすいので、血圧の話しをしますけれど、血圧が上がると頭がモワーッとしたり吐き気がしたりとか、色んな症状が起きてきます。そうするとこれは危険だからと言って血圧降下剤を処方されます。血圧降下剤を飲むと血圧は下がるので、そういう症状は治まる。これはメシヤ様は『苦痛緩和法』と仰っています。
血圧が上がれば、後ろ頭が痛くなったり重たくなったり、あるいはふらふらしたりとか、戻しそうになったりだとか、色んなことが起きるんですけれども。元々は腎臓が疲れてきているということが原因で起きていることなんですけれども。この症状だけ抑えていきますと根本の腎臓はさらに疲れ続けていくということなので、体を良くするということには繋がってこないということです。だから、苦痛緩和の方へ走っていくと、人間の本来の健康ということを得ることはできないわけなので、人間の本来の健康体を考えていった時に、もう一度宗教の概論というところにたえず帰るようにしておかないと、どうしても薬に依存し始めていってしまいます。そうすると、人間性が段々となくなっていく、動物に帰っていってしまうということになってきますので、今回の拝読をさせていただいた時に、元々宗教とは一体何かということを我々にメシヤ様は、課題提起をくださっていながら、病気を捉えていると心得ておいていただきたい、と思います。
こういう論理は信仰が長ければ長いほど、何回も読んできました。こういう論文はですね。病気に対する考え方、戦争に対する考え方、原因は何かということは何回も読んできたので、頭の中にはほぼ入っていると思うのですけれども、人類の歴史、約600万年くらいの歴史をしっかり見つめた上で、もう一度読んでおかないと、我々の使命を見失ってしまいます。