2019/02/11


DSC_1927


DSC_1926



3月3日という日について考えてみたいと思います。
5月5日を端午の節句というように3月3日を「上巳(じょうし)の節句」と言います。
旧暦の最初の巳の日のことなのです。
3月の最初の「巳の日」に行われていたこの行事は、3月3日に行われるようになり、宮中から武家社会へ、さらに庶民へと広がり、「雛祭り」として現代に受け継がれているとされます。
また、中国から伝わった五節句の一つで、三月上旬の巳の日に、草や藁で作った人形(ひとがた)で自分の体を撫でて穢れを移し、それを川に流すことで厄払いや邪気祓いを行う風習がありました。
「ひいな遊び」と川に流す人形(ひとがた)が結びついて「流し雛」が誕生しました。
そして江戸時代になると、川に流すのではなく家で飾るように変化していきました。
これが、ひな祭りの由来と言われています。

節分祭で大祓い祝詞を奏上して、心身を清浄に保ったまま、この、巳(邪)を祓う行事に、心を清めて臨まなければなりませんね。


そして、
全国的に、ひな祭りですから「雛」ということに意味があると思うのです。

『魂は「人間の小雛形
『人間は天地の縮図であり、小宇宙である。又、日本国は地球の雛型になっている』

例えば、魂→人間→天地→日本→地球→小宇宙 のように

雛形を世界へ展開していく起点となる日であると思うのです。


【御教え】神秘の扉 神光2号、昭和24年6月15日

――三月三日の桃の節句と五月五日の端午の節句は神秘とされておりますが、いかなる意味が秘められているのでございましょうか、御教えを願います。

 三という数は水で女、五は火で男、伊都能売神は経と緯で男と女の神様、仏界では観音様である。桃は季節的に若い処女のような感じなので用いたものであろう。雛様はもとは紙で作ったもので、徳川時代からだんだん立派になって現在のようになってきた。天皇皇后を現わしたものである。端午の節句には男の子の出世を祝っていろいろな飾り物をする。鯉のぼりの鯉も出世魚である。その他いろいろな意味があるが、いまはこれくらいにしておく。



【御教え】岡田先生療病術講義録 昭和11年7月
魂は「人間の小雛形」ともいうべきものであるから、魂の方の胸のあたりへ曇が発生すると――心を通じて精霊へ移り、肉体へと映るのであります。』



【御教え】健康協会会員の天寿は九拾歳を越えん 新日本医術書 昭和11年3月6日

 そもそも日本人本来の天寿は幾つかと言えば、百弐拾歳である。これはいかなる根拠から出たかと言う事を解り易く説いてみる。人間は天地の縮図であり、小宇宙である。又、日本国は地球の雛型になっているのであり、日本の気候は、四季がまことに好く調(ととの)っていて、それが人生の経路によく当嵌(は)まるのである。即ち、一年を十二ケ月に分ければ、春夏秋冬は三月宛(ずつ)である。それを人間に当嵌めて試(み)ると、一歳より三拾歳までが春分となり、三拾一歳より六拾歳までが夏分となり、六拾一歳より九拾歳までが秋分となり、九拾一歳より百弐拾歳までが冬分となるのである。
 この四季の状態は、まことに人生行路の起伏をよく現わしているのである。まず、人間呱々(ここ)の声を挙げて出生するや、芽出度いとして大いに祝うのである。この時はちょうど正月元旦、新年の誕生を寿(ことほ)ぐのと同じである。そうして漸くそれぞれの学校を卒(お)え、丁年ともなれば年頃になって春になると人生の花が咲く。男は世に出て花を咲かさんとし女も又、春風に遇って花の蕾が綻(ほころ)びようとする状(さま)である。それで初経の事を花が開くという。それが、三拾を越えて夏分に入るや、益々、花の盛りとなるのである。花によっては早く咲く花と、遅く咲く花とあるが、これも人間に好く当嵌まるのである。早く成功する男子もあり、遅く結婚する女子もあるようなものである。そうして、四拾を越え、五拾を越えて、男子はいよいよ信用も得、活動の旺盛期に入り、女は幾人かの子女を得て一家繁り栄ゆる状は、ちょうど四、五月頃から、花は散っても葉や枝がいよいよ茂るのと同じである。そうして、六十を越えるに及んで、実りの時期となり、刈込になるのである。若い頃から、苦心惨澹した事業が漸く実を結ばんとし、女は又、苦労して育てた子供等が漸く一人前となって、親の為役に立つ頃となるのである。それがちょうど、植付の頃から、種々の手を竭(つく)して、稔らせた稲の収穫期の様なものである。その秋の収穫も過ぎて、いよいよ九拾を越ゆれば冬季に入るので、それからは、功成り名遂げて静かに余生を送る。それが人生真の順序である。
 故に、百二拾歳まで生きるのが本当であって、神武紀元千年頃まではそれに近かったのである。しかるに、人間が罪穢を構成した事と、支那から漢方医学が渡来し、人間が薬剤を服用する様になってから、追々、寿齢が短縮したのである。故に、今日のごとく日本人の平均寿命が、六十歳などとは古人の夢想だもしなかったところで、近代人は真に不幸なものである。これ全く右のごとき過誤による結果なのである。故に身体に毒がなければ百二十まで必ず生きられる。
 ここに、天の時来って、観音力に依る無医薬療法が創始されたのであるから、これからは漸次人間の罪穢は払拭され、体内に残存せる薬毒が減少してゆくので、復(ふたた)び寿齢は延びてゆくのである。
 それについては、本会員といえども、祖先以来の不浄が体内に残っている関係上、理想の百二十歳は難しいであろうが、九拾歳以上は必ず生きられるのである。この事に依てみても、いかに本会員が恵まれているかが判るのである。