神言の解説を読んでいますと、我が天御孫命(あがすめみまのみこと)最愛の直系のお孫様とはだれなのだろう?と気になるのですが、通説では瓊瓊杵尊様となっている。と「天津祝詞 神言のてほどき」にありました。

そうすると瓊瓊杵尊様とはどのようなお方?とまた気になりますよね。

【御教え】日本人種の霊的考察(上)地上天国22号、昭和26年3月25日

まず古代史によれば天孫民族は天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を擁立して、九州の一角高千穂の峰に天降(あも)られたという事になっていて、その御孫〔曾孫〕神武天皇、またの御名神倭磐余彦尊(かむやまといはれひこのみこと)の代になり、尊の御歳四十五歳の時、東夷征伐の軍を起したのである。これは史上明らかなごとく、最初まず大和に軍を進めて、干戈(かんか)を交えたが皇軍利あらず、しかも皇兄五瀬命(いつせのみこと)は討死された等で、天皇は敗戦の原因を、東方すなわち日に向かったためとして策戦を変え、大きく迂回して、今度は日を背にし、西に向かって進撃する事となったところ、果して勝つには勝ったが、敵を降伏させるまでには至らなかった。というのは当時敵の本拠は、大和より程遠い出雲国であったからでもある。もちろんそこは出雲朝と言って、当時の日本全土を統治していた中心で、ちょうど今日の東京と同様、中央政府の所在地であり主権は大国主之命が握られていた。


【御教え】御講話(S27年11月1日)御垂示録15号

「名古屋の御面会のときに、エルサレムに四つの門があるということでございましたが、どういうことでございましょうか」

 あれは昔こしらえたのです。やっぱりキリストよりちょっと前らしいです。やっぱりユダヤです。将来救世主が現われる、そのときにそれをお迎えするという 準備です。そのために四つの門をこしらえたのです。それで三つの門だけは開けられるが、一つの門だけは“開かずの門”と言って開けられなかった。今でもあ りますが、それで一番不思議に思うことは“開かずの門”の上に十六の菊がついている。だからその開かずの門には日本の天皇が行かれるという説もあったので す。十六の菊の門といって、菊の花ではないのです。四方に神の光が行き渡るというような意味です。やっぱり八紘一宇(はっこういちう)というような ものです。八紘一宇を戦争の道具に使ったのはたいへんな違いで、あべこべだったわけです。それでイスラエルの流れと言いますが、イスラエル民族の十二の流れというのは、十二の支族になったわけです。それでその一支族だけが東に向って行って行方不明になったということがあるのですが、一支族が東に行ったとい うことは、支那に行ったのです。そうして漢民族、漢の英雄になって、それが日本に渡って来たのです。それが瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)なのです。天孫瓊瓊杵尊です。その孫さんが神武天皇です。日本は今までそれが統治していたのです。


このように御教えを読ませていただいて、神言を考察すると、もし、我が天御孫命(あがすめみまのみこと)を、通説の瓊瓊杵尊と考えると神言というのは、天孫族が瓊瓊杵尊から連綿と繋がる系統の正当性を主張するために作ったものではないかと思えてきます。
しかし、大祓いの祝詞でありますので、三千年前の「武力によって圧力をかけていく」ということ、「人を脅迫していく」こと、そういう「魂に染み付いた」ものを祓い浄めるための祝詞であり、天孫族の瓊瓊杵尊様も、出雲族の素戔嗚尊様も、お詫びの姿勢を持たれていたからこそ現代にこの祝詞が受け継がれているのだという想いを持って、節分祭には『神言』を奏上したいと思うのです。




メシヤ講座・特選集no.176(平成27年9月分)
『宗教篇』の要点
楳木先生
それから次に宗教篇というのをメシヤ様は書いて下さっておりますが、宗教篇というのは一体何かということであります。これもやはり自分の中で、ある程度メシヤ様が宗教篇で何を私達に教えて下さっているのかということを頭の中でまとめておいていただきたいというふうに思います。

宗教篇で私達が学んだことというのは、3千年前に中国大陸と朝鮮半島から合流した素盞鳴尊と瓊瓊杵尊が山口県の萩市に上陸してですね、そして素盞鳴尊は伊都能売神皇様、当時日本を徳によって統治していた伊都能売神皇様の皇位を狙って圧力をかけて来た。そして瓊瓊杵尊は宮崎県の高千穂に潜んで日本の地で米栽培をどのように定着できるかということと、素盞鳴尊の統治が失敗した時に一挙に自分が統治しようということで待機していたということで、その3千年前の出来事から私達の魂に染み付いているのは、“武力によって圧力をかけていく”ということ、それから“人を脅迫していく”こと、そういうようなものが魂に染み付いていっております。

これがですね、信仰の話を仮に夫婦でしようとしてもですね、御教えに基づいて話すのですけれども、例えば浄化している時に「あなたが一生懸命やってくれないと私の体がどうなってもいいの?」とかいうような言い方をしてしまいます。こうした場合は脅迫しているので素盞鳴尊と同じやり方をしているということになってきます。こういうことが私達の癖として染み付いています。それから家の中がうまくいかなかったら、「あんたのせいだ」とか、そういうようなことで相手に責任をなすりつけていってしまう。これは職場でもそうですし、どのような場面でも、“相手を非難することによって事を収めていく”というような、そういう癖が素盞鳴尊からのですね、『夜の時代』になった中で私達の魂に染み付いてきているわけです。この染み付いたものを取っていくというのが、いわば“信仰生活”になってくるわけですね。


この中国地区では、山口県の方で1年間入会者が出来なかった、入信者が出来なかった平本先生なんかいらっしゃいますよね。で、「出来ません」、「申し訳ありません」とメシヤ様に言った時に、『お前がやっているんではないんだ』と、『神様がやられているんだから、神様のご都合でまだ入信者を出さないんだ』と。
だから神様がされるんだから、神様のされる時を待つ、あるいは、自分自身を神様に使っていただけるような自分自身にするように、という、そういう御教示をメシヤ様からいただいて、そのように素直に進んで行ったら、翌年からどんどん入信者が許されたという報告が、景仰とかに出ておりますね。


「萩」ということについて楳木先生に送らせて頂いたメールを参考に掲載します。
平成27年5月分のメシヤ講座にも掲載されております。

『本部御神体御奉斎』『新本部竣成』記念大祭代表挨拶のテープ起こしをいたしましたのでお送りいたします。
テープ起こしをしていて思いましたのは、「萩」「平本先生」ということです。今年の大河ドラマは「萩」が舞台であるということもありますし、「『文明の創造』発刊の御用に携わって」(2012年5月5日「新本部竣成祭」発表)の中でも出てきました。
「最近、ある方がネットを通じて繋がってこられました。その方は景仰に掲載されておられるメシヤ様の直弟子の平本先生からお光を拝受されたそうです。そのことをお聞きし、『明主様と先達の人々 世界救世教発行』を調べてみて驚きました。
平成二〇年四月、三重支部の発会式で、支部責任者として挨拶をさせて頂いた『布教三訓』のお言葉をメシヤ様から直接賜った先達が平本先生だったのです。」
そして萩といえば中島一斎先生の出身地も萩であります。中島一斎先生の本名が「中島武彦」と知り、「国武彦尊」を連想してしまいましたが、
麻生 鋭 氏の書かれた
中島一斎先生  ――その信仰と生涯――
を拝読させていただきますと、峻厳な真っ直ぐな信仰をメシヤ様に捧げた先達であったことがわかります。また、
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いばるな。おこるな。はやまるな――先生は、又、よくこう言った。
「いばってはいけない。いばればいばるほど、人は逃げて行ってしまう。おこればおこるほど、神は離れ去ってしまう。
そして、はやまればはやまるほど、自分の中の自分がわからなくなってしまう」
弟子たちは、これを、先生の「るな三訓」と言っていた。
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「るナ三訓」は中島一斎先生の信条でもあったわけです。
『夜叉龍神も解脱為し』ですから「国武彦尊」のお詫びの御神業として「るナ三訓」を訴えかけてきているような気がしました。(以上 )


通説の我が天御孫命(あがすめみまのみこと)が瓊瓊杵尊様だとするとということで、考察させていただいたわけですが、私はもっとシンプルに考える方が好きです。

・何回も会議を持たれて、協議されて、すべての神々が納得して同意した。ということ、
・神の玉座を離れて地上に降臨されたということ。
・「伊頭の千別きに
千別きて」と伊頭ー伊豆ー熱海 伊頭ー伊都ー伊都能売神様 とメシヤ様を連想できること。
・日の本の国を平和な地上天国建設の地と定めて、平和な楽しい国となすべく統治された。

ということから、御降臨になられたのはメシヤ様(国常立尊様)で、

【御教え】観音講座 第三講座 昭和10年8月5日
『国常立尊が一度世界を統一した事がある。』
【御教え】御講話 昭和25年8月1日
『国常立尊はメシヤであられ、閻魔大王であられる。』

しかし、時が経過するにつれて、いろいろの罪を犯すようになった。神様から自由を与えられたがゆえに悪用してたくさんの罪を犯すようになったのである。

だから、天つ罪(神律を犯す罪)、国つ罪(人間が集団生活を行っていくべきあり方を破る不倫混乱のもととなる罪)、許許太久の罪(たくさんの罪)を浄めなければならない。
祝詞を奏上し、お詫びを申し上げ、祓い浄めていただく浄化を祈念させていただき、
「るな三訓」を肝に銘じ、神様がされるんだから、神様のされる時を待つ、自分自身を神様に使っていただけるような自分自身にするように、御神業をすすめてまいりたいと思います。