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閻魔大王の絵のこと、紅白梅屏風の話題が出て、『神言祝詞』のことを考えていました。
そういえば、野々村仁清の国宝色絵藤花文茶壺がメシヤ様がお亡くなりになられる直前に入手された。

閻魔大王の絵が国常立尊様が現界にお現われになるという型でした。
国宝級の美術品でメシヤ様が入手されたものには何かのメッセージ性があるのではないだろうかと思ったのです。
紅白梅屏風は、紅梅と白梅の間を川(水)が流れています。
構図は俵屋宗達の「風神雷神」が紅梅と白梅の構図になっている。
これは善と悪を表しているのだろうか。
水が善悪を隔てもするし、水によって善悪が結ばれるということなのかなあ。
老いから若い息吹への引継ぎとか、世代交代なのかもしれない。まさに平成から次の時代への転換期であるし・・・と考えていました。

大祓祝詞は中臣祝詞ともいわれます。中臣とは藤原鎌足のことです。藤原の姓を天智天皇から賜ったのは臨終のときで翌日逝去しております。
メシヤ様が藤壺を入手されたのも御帰天の直前でした。
藤壺は3000坪の土地を売却して購入されたということです。
三千坪が一壺になったのですね。
壺というのは、物事の大事なところ、急所です。ここと見込んだところ。
つぼにはまるというと、急所を突いているという意味ですね。

三千世界が一である主神様に帰一するということなのだ。

と思わせて頂いたのです。
ちなみに藤壺のつるは上から下へ繋がって壺の周囲を回っています。
壺を地球にみなした宇宙観であるのかもしれません。



【御教え】神仙郷完成兼美術館開館記念祝賀式典御講話
御教え集11号 昭和二十七年六月十六日

『そこで私は昔から仁清は好きで、最初から仁清だけを蒐める方針で――だから仁清が一番蒐まっているでしょう。仁清のうちのもっと も傑作を三点部屋の真ん中に飾りました。その真ん中の一つは支那の唐子(からこ)人形です。それが二人花車を引いている。花の籠の意味を陶器で表わしてい る。それで二人で引いているんです。置物です。仁清のものは名作と言えば壺ですが、そういった置物はないですよ。おそらく、それ一つじゃないかと思います。その意味において珍器です。珍物なんです。』

【御教え】御講話(S26年12月1日)
『それから、長尾美術館には、有名な藤の壺と言う ――これは立派なものですがね。あとは、場末の道具屋でも――私のところに持って来ても全然買いませんね――値段に拘わらずね。実に驚いた。』