節分祭には神言を奏上しますので、神言は大祓いの祝詞だなと思って、「天津祝詞・神言のてほどき」を読みましたら、

天津祝詞・・・禊
神言(大祓祝詞)・・・祓い

とありました。新年祭の覚りの旅で『祓戸の四柱』のことが出てまいりました。
そこで、天津祝詞・神言に登場する神様に着目して「天津祝詞・神言のてほどき」を参考に資料を作ってみました。

図ー1
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図ー2
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図ー3
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この天津祝詞・神言の両方の祝詞に祓戸の大神様は登場しますので、節分祭においては特に重要な役割があるのだと思わせて頂きました。
このように祝詞に登場される神様のことを学ばせて頂いた時に、日常生活にどのようにおろして考えればよいのでしょうか。
そこのところを分かりやすく楳木先生が御教導くださったメシヤ講座を確認させて頂きます。
祝詞奏上で言霊を響かせること、掃除で祓い浄めることを非常に重要視されておられたことがお分かりいただけると思います。
そして、図ー3に、先生はご自身の大浄化を、祓戸の大神様のお働きを体に当てはめれば腎臓浄化だとお受け止めになり、浄化最中において身を持って御教導下さっております。
あわせて確認いただければありがたく思います。


〇2011年9月 メシヤ講座 浜松支部 より

先生

天津祝詞を奏上していて何か疑問を持ったりしたことはないですか?
これはね、三重支部の体験記の中で、神床を作り変えて御神体をいただく前、「御神体を申し込むと同時に御神霊のお働きをいただく」という話に基づいて、御神前ができてから支部が発会する前に、ご夫婦で壁にむかってご参拝を始めた時に、奥さんが見えたものを覚えていますか?
実は奥さんが信者さんと一緒に参拝をしたときに、御神前に階段みたいな段がみえて、その一番上の段に主神様の御文字が浮かび上がって、「御神霊というのはおくだりいただけるのだな」というくだりが体験記に書かれています。

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「後は御神体を迎えるだけ」となった4月4日に、御神前で、御浄霊をいただきに見えたある方と参拝をさせていただいている時に、御神体を御奉斎するその白壁に、光輝く階段、そして階段上には丸い輝く光々しい物を拝しました。その時、感じたのは、六十段の神界のそのまた上段ではないのかということと、善言讃詞の中の一節『光明如来と現じ 応神弥勒と化し 救世主(メシヤ)と成らせ・・』で、まさしく我家にお迎えさせていただくのは、最高の御神体なのだと、強く強くわき上がる喜びに、胸に熱いものが込み上げてきました。
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そのことをここの御神前に当てはめてみたときに、なんか考えるようなことはありませんか?
例えば天津祝詞を奏上するときに、天津祝詞の文言の中に、『祓戸大神等諸々の枉事罪穢を祓ひ給へ淨め賜へと申す事の由を』とあります。そして『天津神国津神八百萬の神等共に天の斑駒の耳振り立てて聞こし食せと』と書かれていますね。主神様にお祈りしているのになぜ『祓戸大神等諸々の枉事罪穢を祓ひ給へ淨め賜へと申す事の由を』という言霊を奏上するのか、という疑問が起きたことはありませんか?
若い人は大体そういう疑問が起きるはずです。まあ若い時にはあまり熱心にお参りしてなかったからね。子供が生まれてから熱心になってきたから、あまり疑問に思わなかったかもしれないけれど。そういうことで解説を受けたことはありますか?神社とかで。どうですか?

そうすると、今まで私自身も本部で一日祭をするときには、主神様のおまつりをする場所はここが中心になっているので、様々に御経綸を担う神様方もお参りにくるということで、この12年間というのはより掃除に取り組んできたのです。そういう神々様が見えてくださるのに、汚いところでは申し訳ないということで、掃除に掃除を重ねて、当日の朝は誰も玄関の出入りをさせずに、どうしても出かけていけないのは最初に出させておいて、それからは誰も出入りさせずに土間まで雑巾で拭きあげて、御神霊を迎える準備を毎月してきました。その御神霊が見えるからこそ、その一日祭のお参りを大事にしてきたのですが、その見えた御神霊がどういうように一日祭に御参列下さるかということを考えたときに、三
重の濵口安子さんが見えた御神前の姿と、過去のいろんな人たちが霊視をしたときの報告が他のサイトなんかでありますね、メシヤ様に八百万の神々が額ずく姿を見てというのがありましたが、そうした光景を拝察できるのではないかと思われます。

おおよそ御神前に座れる方々というのは、ここに大黒様がいらっしゃいますが、御神床に座ることのできる神様のお一人ですよね。大黒様のいわれは、元々力持ちだった人間だったけれど、すごい力持ちであるがゆえにすごい形相をしていたので「弟子にさせてください」と言ったときに、神様が「もっと笑わなくてはいけない。もっともっとニコニコしなさい。そうしたら弟子にしてあげる」と言われたので、笑うことを一生懸命努力していくうちに、こういう形になって、福の神の一柱になられたというのです。
そこまでなられたので、元々人間だったけれども、神格を得ることができて、人格神としてここに御鎮まりになっています。
そうすると、天国に、神界に在籍した神々がここに神床に座ることができるのですね。そうするとおおよそ天国界というのは、最上天国の一番最上部に主神様が御鎮まりになっています。そして第一天国に八百万の神々の中で大きな役割を担った、国常立尊様や伊弉諾尊様、伊弉冉尊様などの高い神格のもとに御経綸を担われた神々が上のほうにいらっしゃるわけですね。それから静岡県でいくと、一宮の神様はわりと高いところに在籍して、遠州一帯を御守護してくださっているのです。氏神様の中では、そういう高い御神格の御神霊もあれば、ここの町内だけを見ておられている氏神様、下のほうにいらっしゃる神々もいらっしゃいます。
そういう神々が、その立場と神格の高さに応じて、その段数の中に整然と居並んでいらっしゃるわけです。この御神前には。特に月次祭ということになると、今日参列した方々に関る氏神様や霊統系の神々がみんなここに、主神様の御許に集って皆さん側をみて参列を受けているのです。
その参列を受けているときに、『祓戸大神等諸々の枉事罪穢を祓ひ給へ淨め賜へ』と唱えたときに、参列した中の祓戸大神様が前に出てきて、よく救世会館で幣(ぬさ)を振っていたでしょう。そういうのでパッパッと皆さんを祓ってくださるのです。そういう役割の神様が前面出てきて、まず天津祝詞で浄められます。浄められたあと、メシヤ様の御作りになった善言讃詞を唱えることによって、霊界が天国になっていくのです。
そういうことがあるために、この月次祭はありがたいのです。そして、我々の先祖はみんなの肩なりに乗ってお参りにくるわけです。その中で神格を得た先祖がいれば、こちら側の下のほうに座れるわけですね。これが、目には見えない御神前の御姿だというふうに思って、より一層、“天津祝詞や善言讃詞をお唱えすることがいかにすばらしいことか”ということを思っていただければ、大変有難いと思います。それだけに前日の掃除が大変大事になってくるのです。そこをおろそかにするとその程度の神々しかおりてきてくださらない、ということになります。だから御神体をいただくと、そこはいつも真っ先に綺麗にしておかなければいけないということになります。掃除を中心にしていただきたいと思います。
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人間の想念・言霊が霊界に反映するのだということを常に意識して私たちの言霊や行動が霊界を曇らせることにならないように心がけていきたいものです。

2019年1月度資料 図ー8より
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