平成3011

覚りの旅 平成3011月度 勉強会を終えて

司会

それでは『覚りの旅』を始めましょう。テーマは、『私は真理を書く』、93頁ね。

 

『私は真理を書く』拝読

 

私は真理を書く  (地上天国二十八号  昭和二十六年九月二十五日)

 私は十数年前から原稿を書き始めたのであるが、勿論信仰を中心にしたものばかりで、今迄の宗教の開祖などと異って、固苦しい事や、野暮くたい事など一切抜きにして、如何なる階級の人にも、解り易いようにと、意を用いて来たのである。併し茲に具合の悪い事もある。というのは例えば釈尊の八万四千の経文にしろ、キリストのバイブル、真言の密教、親鸞の歎異抄、日蓮の御文章、天理教祖の御神楽歌、大本教祖の御筆先等々にしても、どれもこれも一種の悪く言えば宗教臭味があり、よく言えば何かしら神秘的で、判るような判らないような処に、反って魅力があるのではないかとも思えるのである。と言って解釈が難しいから、其人次第で色々にとれるから、どうしても分派が出来易い。何よりも其宗教が大であればある程分裂し、相剋し合う例は歴史がよく示している。そんな訳で信徒は其信仰の真髄を掴み得ない為、迷いが生じ易く、真の安心立命は得難いのである。

右の如くであるから、今迄の教の行り方では、一つの宗教でさえ和合統一など到底出来ようもない。況んや全宗教の帰一など夢にも思えないのであって、年々新宗教の増えるのも、そんな処にあるのであろう。仮に日本だけにみても、人工増加に比例して、宗教の数も増えつつあるのが現状である。

処が如何なる宗教でも、其拝む的といえば、エホバ、ジュース、ロゴス、天帝、無極、天照大神、国常立尊、キリスト、釈迦、阿彌陀、観音等が主な神仏で、其他何々尊、同如来、同大師等々色々の御名はあるが、勿論立派な神仏には違いはない。中には稲荷や天狗、龍神など、低俗な信仰は別として、其根本に遡(さかのぼ)れば、独一真神即ち主神一柱で在す事は論のない処であるが、今日迄どの宗教でも、自分の方が一番最高で立派な宗教なりとし、排他的観念も多分にあるから、統一などは出来よう訳がないのである。そうかといって最後の理想だけはどの宗教も同一である。即ち此世の天国、極楽世界、理想世界の実現であり、人類全体の幸福であって、之に反対である宗教は一つもあるまいが、それなら其様な世界の実現はどうすればいいかと曰うと、即ち世界を打って一丸とする帰一的宗教が生れなければならないのである。それこそ万人挙(こぞ)って信じ得られる程の、超宗教的偉大なものでなくてはならない。それが我メシヤ教であるとは云わないが、そういう世界を作り得る手段、方法、即ち計画設計はどうすればいいか、それを教えるのが本教の使命であって、其認識者が各民族の智識人間に増えるに従って、目標に向って一歩々々前進するのである。之を一言にして謂えば、真理の具現であり、之によって一切の誤謬は明かになり、是正され、明朗清純な光明世界が実現するのである。勿論人間から悪は追放され、虐げられていた善が興隆し、人類は幸福を楽しむようになるのである。従って先ず真理を普く全人類に知らせる事こそ根本である。というと人は言うであろう。昔から多くの偉人が、剰(あま)す処なく真理を説いて来たではないか。故に今更其必要はないと言うかも知れないが、実は之が問題である。というのは若し今迄に真理を開示されていたとしたら、それが具体的に表われ、既に天国世界は実現されているか、そうでない迄もそれに近ずきつつあらねばならない筈であるが、そういう気振りすら見えないのである。成程物質的には確かに天国に近ずきつつあるといってもいいが、他の一面即ち精神界に至っては、何等の進展もなく、寧ろ反対でさえある。之では真に天国世界は何時になったら実現するか、見当もつかないのである。としたら其原因こそ、今迄信じて来た真理そのものは、実は真理ではなかった事に気付くであろう。

何よりも世界の現実を見るがいい、総ては天国とは余りに隔りがあるではないか、人間の最大苦悩である病気は、依然として減らないし、貧乏という生活苦も相変らずであり、個人同志の争いも、国家的争い即ち戦争も見らるる通りの有様である。としたら、全く真理が行われていない證拠である。従って今迄真理と思っていたものは、実は偽真理であるから、天国建設の妨害にこそなれ、有用なものではなかったのである。処が愈々時期到来、神は真理を解明すべく、私をして普く人類に知らしめ給うのである。それが我メシヤ教出現の理由であるから、私のかく文章は、万人に解り得るよう神が神示され給うのである。

右の如くであるとしたら、私の今迄かいたものは悉く真理であって、真理の鏡に照して偽真理の欠陥を晒け出し、改善する方法を諭(おし)ゆるので、之によって真理と偽真理との区別がハッキリするばかりか、其上事実を以て示すのである。それが彼の浄霊医術であり、自然栽培であり、芸術の向上であり、地上天国模型の建設である。

以上によって、私の現在実行しつつある事業は、一言にしていえば、真理具現の一大課程であり、筆によって真理を分らしむべき大努力である。

 

 

司会

「覚りの旅」って何?って話ですけど、楳木先生がおられた頃に「覚りの旅」って言ってましたよね。順番にやってましたよね。それが、先生が亡くなられて止まってしまってたんですよね。で、自分としては順番にやっていこうかなと。

 

参加者

それで、続けてやってられるんですか?

 

司会

そうそう。

 

参加者

何でやらなくなったのかな。と思ってました。途中で。

 

司会

これが基本なので、覚りの旅を復活をという事でもって、またやり始めたと。

 

参加者

いつから始められたんですか?

 

司会

一時、やってなかった・・というか、最初のころ「何々について勉強しよう」とありましたよね、太陽神についてとかね。その頃も、三重では順番にやってたんです。二つのテーマでやってたのです。
しかし、両方やるとボリュームがありすぎて、時間的に難しいなと思って、言われた事の方をやるようになってました。しかし、退会してからは、これを元に戻して『主神様とメシヤ様』を中心にと思ってやってます。

それがね、やり始めるとうまい具合にテーマが・・

 

参加者

私もピッタリで、今回、これ。今日、読んできて。

天津金木の事も勉強したいなと思っていました。

 

司会

ここに書かせてもらったのは、事前にアップしておきました。

私の思いというのは、各拠点で勉強していく上において、私はこういう資料を作ってやってきたので、「こういう勉強をしますよ」と事前に(ホームページで)言っておいて、後でテープ起こしをして「勉強会を終えて」という事で載せることによって、やり方が分からないっていう人も読んでいってもらえれば勉強していけるのではないかなと思ったのです。

ただ、これは順番にやっているんであって、それは、勉強のやり方さへ学んでいけば、自分で何処でも勉強することは出来るので、という思いからです。

何を学ぶかということは、押しつけじゃないのです。

たまたま順番で行くとここをやりますよ、ということで。見てもらえればと思います。

ここに書いたのは、一回読めば分かるよという人は、読み飛ばしていただければよいのです。
三救では、こういうやり方をやっているのです。



図ー1

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今回、『私は真理を書く』というテーマで、

冒頭に出てたのはですね、いかなる階級の人にも解り易いように、原稿をお書きになられたんだという事を言っておられます。

今までの宗教は宗教臭い、神秘的、ということで、これは何でかというと、解釈が難しいんだと。色々の受け止め方が出来ると。難しくなると色々な受け止め方が出来てしまうので分派が出来やすい。

どこかの状況に似てくるじゃないですか?特に仏教なんか一杯派があるというのも、世界〇〇教もそうですけども、分かれていくというのは解釈が難しい、難しい説き方ををしてるということです。

で、だから信仰の真髄をつかめないんだと、で、迷う。安心立命は得がたいんですよと。

これは、さっき読んだことですからね。

で、一つの宗教でさえ和合統一出来ないんですよと書いてあります。

となれば、全宗教の帰一なんか夢にも思えないでしょうと。

 

宗教の拝む的としては、エホバ、ジュース、ロゴス、天帝、無極、天照大神、国常立尊、キリスト、釈迦、阿弥陀、観音様と色々ありますよね。

立派な神仏として、その他にも○○尊、○○如来、○○大師とかいうのがあります。

低俗な稲荷とか天狗とか龍神とかは別として、こういったものが結局は独一真神、主神様一柱に集結、帰一していくという事ですね。

という事が、ここに書かれていました。

 


図ー2
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今まで自分の宗教が一番最高だ、立派だと、他を排斥して受け付けないという、結構、現代の宗教でもこういうことがあるかと思いますけども。こんなんでは統一なんて出来っこないじゃじないか、という事をメシヤ様は仰ってます。

各宗教の理想として、この世の天国、極楽世界、理想世界、人類全体の幸福っていうことで、理想というのは同じですよと。

だけど、そういったこと、帰一的宗教、主神様に統一していった、そういった帰一的宗教が生まれるべきですよねと。

それには超宗教的偉大なものでなくてはならないという事で、これがメシヤ様のよく言われるような言い回しですけども、「我メシヤ教であるとは云わないが世界救世(メシヤ)教はそうあるべき」と。我メシヤ教であるとは云わないが・・、といってメシヤ教だよと言ってるわけですね。これで言うメシヤ教は世界救世(メシヤ)教ね。昭和の時代の。

これは、メシヤと呼べっということもそうじゃないですか。メシヤ様はメシヤと呼んで欲しいんですね、だけど、私がメシヤだとはいわないがとか、そういうような言い方をされてます。まだ、御在世中でしたのでね、そういう言われ方をしてます。

こう言われた時には、世界救世(メシヤ)教というのはこういう、皆を統一していくべき宗教なんだよという事を言われてるわけです。
前に述べられておられることとあわせて考えれば、『全宗教の帰一』のことを言っておられるわけです。ここは、小さくとらえてしまいがちだと思いますので、注意をすべきところだと思います。

で、この理想は同じ、理想世界を作るという事で、この手段、方法、計画設計を教えるのが世界救世(メシヤ)教の使命ですよと。この事を認識する人が増えていかないといけない。それにしたがって理想世界に向かって一歩一歩前進していくんですよと。

これを真理の具現という、という説き方をされてます。

 


図ー3
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それで、真理を全人類に知らせる事が根本ですよという事で、この真理というのは今まで開示されてなかったですよと。今まで、誰も解いてきませんでした。だから、天国が出来なかったんだと。で、今までは真理でなく偽真理、偽物だったんですよという事を言われてます。で、真理というのはメシヤ様によって全人類に開示していくんだと。
メシヤ様によってという事ですから、こういうメシヤ様の御教えによって開示されていくんですよと。メシヤ様の書く文章というのは万人に解るように神が、そうですよね、メシヤ様=神様ですので、御神示を下さったものですよと。

という事で、御教えが真理だと。

事実で示していくんだと。

という事でメシヤ様は、浄霊、自然栽培、芸術の向上という事を説かれました。

で、これが救いの三本柱であるわけです。これで名前をつけました。うちは救いの三本柱と

で、筆によって真理を分らしむべき大努力をしていかなくてはいけない。
ので、そういうことを目指してやっているわけです。

 

(ごう音 雷)

 

参加者

うわああ。

 

司会

これ何?

 

参加者

すっごーい。雷。龍神様が・・・・

 

司会

ビックリしたあ!

 

司会

筆によって救いの旅だとか、覚りの旅だとか、本とか、ネットによってという事で、今後これをやっていくのが真理を伝えていくことだよと。そういう事だと思っています。

 

参加者

使命がありますねぇ。()

 

参加者

()

 

司会

皆に使命がある。

これを聞いたら帰って皆に伝えるとか。そういう、皆に使命があります。

 

参加者

ほんまやねえ。

いやあ、解り易い。

 


図ー4
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司会

これ、何で書いたかというと、さっきの・・。

 

参加者

前、これ勉強したんですよ。メシヤ講座でね、五六七教教義。

 

司会

今のこの中に、エホバ、ジュース、ロゴス、天帝とか出てきたじゃないですか?出てきましたよね、神様の名前が一杯。それで、五六七教教義という・・。

 

参加者

渋井先生のところですね。

 

司会

そうそう。五六七教と観音教団というのがあって、その五六七教教義の方を見ると『主の大神とは、泰西に於てはエホバ、ゴット、ジュウス、ロゴス等々、中国に於ては天帝又は無極、亜細亜に於ては梵天、大自在天、アラーの神又は天之御中主の神と称え奉る。』って書いてあるんですね。さっきと神様の名前が被ってますよね。

で、『観世音菩薩は最後に五六七(ミロク)の御力を揮わせ給い・・・』って。

 

日本観音教団の方はどう書いてあるかというと



図ー5
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図ー6

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『主神の御分霊たる聖観世音菩薩は仏界に下られ給いし御名であって専ら救世済民の為三十三相に変現化身せられ、或時は光明如来と現じ、又或時は応身彌勒と化し、実に応変自在自由無碍の御活動を・・・』って書いてあるんですね。

名前が観音教団なので、中島先生の方の、経の方の、観音様がどういう神様かという事をですね中心に教義を作られたわけです。

 

参加者

でもこれ、メシヤ様が作られたんですよね?どっちも。

 

司会

そうですよ。

観音教団は経で、五六七教は緯だから、経と緯で神様の名前が一杯出てくるけども、結局はメシヤ様の作られたここに出てくる神様の名前というのは一杯出てくるわけであって、全部主神様に帰一していくんですよと。

何でかというと、経と緯と結んだのが世界救世(メシヤ)教教義じゃないですか?

世界救世教(メシヤ)教義にはどう書いてあるかというと、神様の名前が一杯出てくるわけじゃなくて、『主の大神(エホバ)は・・』って出てくる。

 

参加者

そうですねえ。

 

司会

ここしか出てこないわけです。

 

参加者

ほおーっ・・。

 

司会

だから、一杯あったのを結ぶ働きとして世界救世(メシヤ)教ができたんですよ、ということが教義にも出てますね、という事を言いたいんです。ここで。

 

参加者

なるほどね。

 

司会

私の言いたい事分かりました?

それでもう一つ、ここの中で、教義をさっき読みましたけども、

『主の大神(エホバ)は、此地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行はせ給いつつある事を吾等は信ずるのである。之に対して人間を神の代行者とされ給うと共に・・』ですから、ここで、人間、神の代行者となるのは人間だよ、という事を頭に入れておいて下さい。

人間が動かしていくんだよと。

で、『神はその時代々々に必要なる人間と』、ここも人間ですね。『必要なる宗教を』という事で。で、それが要は人間の使命であるという事が出てきてますので、教義というのは前に何で勉強させられたんだろうっていうように思ったかもしれないけども、ここにきて非常に重要だったと。

 

参加者

これが一番の元じゃないですか?全ての。

 

司会

そうですね。

今まで言ったことで、教義における神仏名ということで、日本観音教団の方は主神の御分霊として聖観世音菩薩、ここも出てきましたよね、聖観音が元ですよと。観音様の元というのは聖観音。

 


図ー7
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55日の時も話が出てきてましたけども、聖観音で、光明如来となって、応身彌勒にということで、観音教団の方はこの聖観音から段々上がっていくよという事で、そこの流れを書かれてるということです。五六七教の方はこれだけの神様の名前が、緯に、世界にという事もあるのでロゴスとか無極とか出てくると。

世界救世(メシヤ)教教義は、今、言いましたように主の大神(エホバ)ということで、人間を神の代行者とする。一切は人間の為にあるんだと。で、時代々々に必要な人間と必要な宗教を、これが使命であって、全人類全宗教は主神様に帰一して行くという事で、その使命を担うのは人間ですよと。という事が先程読んだ『私は真理を書く』というところで言いたいんじゃないかと思います。

覚りの旅で何回か出てきた事の話をしたんです。

 

参加者

救世(メシヤ)教教義だねえ。内容はねえ。

簡単に書いてあるようで、難しいわねえ。

 

 

司会

11月度「覚りの旅」追加資料 文明の創造より)は追加資料です。



図ー8
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「覚りの旅」の資料を確認していて、『文明の創造』宗教篇のP313からの
『仏滅と五六七の世』『仏教の起源』『伊都能売神』『観世音菩薩』『弥勒三会』『仏教に於ける大乗小乗』『キリスト教』の七つの御論文について、今のこの時期に再確認する必要があるのではないかと思わされましたので急遽資料を作成しました。

 

ということで、今からやりますけども、

 

五六七、日月地の学びも含まれておりますし、何よりも伊都能売神様が観世音菩薩様に御位を落とされて印度へ渡ってお釈迦様に教えを垂れられたこと。その原因は素戔嗚尊様であられたこと。
しかし、その素戔嗚尊様は印度で阿弥陀様として衆生をお救いになられたこと。
したがって、素戔嗚尊様は悪の働きも善の働きもなされたのだということ。
善悪については主の大神様の権限で宇宙意思であり人間には人智の範囲内でしかわからないこと。

 

という事が出てきますので、今やってるこの御神業にですね、重要な事項であるという事で「覚りの旅」で確認させていただきたいと思います。

ということで、それをまとめたのがこれ11月度「覚りの旅」追加資料 文明の創造より)です。

帰ってからまた読んでもらえればと思います。興味がある人はね。


『仏滅と五六七の世』ですけども、既に物質的に、今の世の中ね、物質的にはもう五六七の世になっているんですよということで、五六七の数字を知らせたかったんですね。これは前にも出てきたと思いますけども、お釈迦様が五十六億七千万年後なんていうそんな後の事なんか言うはずない、ということで、五六七の数字を知らせたかったんだよと。

五というのは日に対応して、六というのは月に対応して、七というのは地に対応しますよと。これで何が言いたいかというと、順序正しい世界になるんですよという事が言いたい。

夜は月が上がってて太陽が出てないですよね。月が沈んで太陽が上がってくるね。この時に太陽は五で天で日、海とか水は六、地は七、これ五六七というのは五六七(ミロク)の世。数字で言うと、何を言ってるのか分からないかもしれないけど、要は正しい順序という事を言いたいって事です。

 

仏法って、仏教の方ではね、真如って言います。真如っていうのは真の如しという事で真では無いということね。月の教えであると。月の教えというのは諦め。仏教はね、諦め。何を言われても諦めよと。だけど月の教えっていったら、月、突いてくって、攻撃的のように見えるけども、この夜の世界の仏教の時代というのはそういうのも月でしょうけども、これ、諦め、善人にだね、善人に諦めよ、みたいなことをお釈迦様は教えてきていたと。

 

参加者

今まではどっちみち救われないからでしょう。夜の世界だから。

 

司会

で、実相真如。実相というのは真実という事ですね。昼の世界。夜の世界は真如。

だから、これ真実、昼の世界。順序が逆ですよねと言う話をしてます。

もう一つ、善言讃詞に出てきますけども、大千三千世界って出てきます。三千世界というのは神幽現のことですので、それをまとめたのが大千という。

この大という字は一人と書くので、主神様御一方の事ですよと。

だから善言讃詞では大千三千世界と直しましたよとメシヤ様は仰ってます。

 

参加者

大千三千世界の三毒を滅しっていう・・・。

 

司会

大千三千世界で一つの言葉ですね。これは神幽現を表すんですよと、神幽現を全部を司るのは、三界(神界・幽界・現界)を司るのは、全てをまとめたのは主神様御一方が司るんですよと。全部主神様に帰一していくんですよという言葉が、ここの言葉に込められているんですよと。

 

参加者

そこに三毒があるのかなあと思って。

 

参加者

大千っていうのはまとめるっていう意味なの?

 

司会

ここに書いてあるんです。私が言ってるんじゃないですよ。文明の創造に書いてあるんですよ。

 

参加者

大千にも毒素があるのかなあと。どういう事かなあと。

 

参加者

三千世界というのは・・・

 

司会

三毒と三千世界とは違うじゃないですか。

これは三千世界の事を言ってるんですから。神の世界、幽の世界、現の世界をまとめると大千と言いますよと、世界、世界、世界があって大千って言いますよと。全部含めた世の中のを司るのが主神様ですよと言うだけで、三毒というのはまた別じゃないですか。

 

参加者

全部含めるって意味なんだね。大千って。

三千世界って神、幽、現を言ってるわけ。

これをまとめるっていうのが大千・・。

 

司会

仏法の世界では三千大千世界って言いますけども、メシヤ様は大千三千世界と言いました。

こういう意味があったので、善言讃詞の方では直したでしょって書かれてます。


~補記~

【御教え】神智之光 三毒五濁の消滅法、(受教修の意義)(S24. 3.20)


 善言讃詞にある五濁とは実生活上いかなる事であり、また三毒とはいかなるものでありましょうか。またこれを滅する方法には現在どのような方法があり、またその方法は将来変化していくでございましょうか。


 三毒は貪瞋痴、五濁は罪穢の五つの種類である。人間の罪悪を分類してある。これを滅する方法は人を助け徳を積む事である。苦しむ事――いろんな苦しみにより滅するのは、骨が折れて効果が薄い。しかしもっと楽で効果的なのは信仰で、教修を受けるのは罪穢を消滅する方法を覚える事である。であるから、教修を受けただけではいけない。罪穢を除るというのは、一人でも人を幸福にするとか、導く事をするのである。

 

図ー9

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『仏教の起源』というのがあって、伊都能売神が元で、観世音菩薩になって、西の方へ行かれましたね。で、二千六百年前に釈迦がおられたところへ行ったわけですけども、この釈迦の時代はどういう時代だったかというと、印度、月氏国と言われてました、で、バラモン教が中心だった。社会を風靡していた。バラモン教はどういうのだったかと言うと、難行苦行をする中心、難行苦行をすることによって宇宙の真理をつかもうという宗教が印度では全盛だったわけです。その中に達磨大師がおりました。面壁九年と言って壁に向かってずっと座禅を組んで満月の夜に覚りが開けたと。九年ずっと座っていて。

 

参加者

達磨大師って、釈迦の後じゃないんですか?前?

 

司会

釈迦の後でしょ。

バラモン教の時代としては一緒かもしれないけど。

バラモン教はバラモン教でずっと流れてくるので。

こちらは難行苦行に加えて、学問というのが加わってきますけども。

で、釈尊っていうのは、燃ゆるが如き大慈大悲。どんな大慈大悲だろうね?燃ゆるが如き。

大慈大悲と言ったら燃えないように思うけど。

そういうような言葉を残しています。

 

参加者

燃ゆるような愛とか、そういうことでしょう?

 

司会

一切衆生を済度してると。こういうのがよく出てきますけども。

本願というのは誓いという事です。

 

参加者

済度とはどういう意味なんですか?

 

司会

一切を救いますという事です。

救世済民と一緒ですね。一切の民を救っていかないといけない。

一切衆生、何を? どういう風? 誓いですけども、

何を?って、 経文を読むことによって覚りを得る。

誰に?って、 大衆に。

どうしたの?って、 説きましたよ。説諭。

バラモン教と釈尊、釈尊は読経ですから、難行苦行せよと言われて、そうしないと覚りを得られないと言われているところに、お釈迦様が出てきて本を読んだら救われるよと言うわけです。そうしたら、印度の人たちというのは釈迦を救世主と崇めるよね。

だからこの徳を慕って帰依する人が続出、皆入信していったと。楽な方がいいから。

これと比べたらね。

で、一大センセーションを巻き起こした。

 

 

図ー10
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これは、日本地図を書きましたが、日本って分かる?

伊都能売神が中心として考えて、伊都能売神は素戔嗚尊が攻めてきたので御位を捨てられて天照天皇に譲られて、後に天照天皇は天照皇后に譲りますけども、伊都能売神というのは変身、頭巾を被ってお忍びの姿で、観自在菩薩となって、二十八部衆を従えて支那へ行って、支那から印度に渡った。印度の補陀洛山というところで釈尊が当時善財童子と言われてた時に・・・

 

参加者

その時、結婚してたんですか?子供もいたんですよね?

子供を置いて学びに行ったんですか?

観音様に行った時、その時結婚してたのかしら?

 

司会

以前私が、仏教を勉強しに行った時は結婚してたと言ってました。

でも、この観音様が教えたという事は習いに行っても出てこないので、この時に結婚してたかどうかは知りませんよ。出てこないですから。

こんな教えられたとかは出てこない。

 

参加者

教えられたとは出てこない?

 

司会

観音様が教えられたとはここでしか出てこないですよ。

 

参加者

あっ、そうなんだ。

 

司会

他では出てこない。だから神秘じゃないですか。だから、『真理を書く』じゃないですか。

 

参加者

ああ、そうなんだ。じゃ、誰にも教えてもらってないことになってるんだね。

 

司会

菩提樹の前で覚りが開けたんですから。自分で開いたんですね。世の中がおかしいと思って。

だけど、皇位を捨てられる、釈迦も皇位を捨てられた。

 

参加者

本当だ、一緒だ。

 

司会

皇位っていうのは王家のシンボルであって、御倉板挙(みくらたな)の神様につながってくるじゃないですか。

 

参加者

聖徳太子も。

 

司会

そうそう、聖徳太子も。そういう高貴な位だったという事ね。その高貴というのは天皇になる位だったという事ですから。

この流れで見てくると、仏教の祖は伊都能売神であることが分かるでしょって言ってるんだから。印度へ行って、仏教は日本の伊都能売神様が元だよと言ったって分からないでしょ?こんなこと教えてもらわないわけだから、向こうでは。

 

参加者

神秘ですね。

 

司会

それで、本地垂跡っていうのはよく聞くんですけども、この本地っていうのは日本が元です。

この本地は何を指すかというと、日本ですよと。日本に向かって教えを垂れるっていうことですから。ずーっと伊都能売神様が教えてこられたことを逆にずーっと返していくと。これが本地垂跡の本当の意味ですと。「故郷日本に仏の教えを垂れ仏花を咲かせ実を生らせ」ていうことを言われてるわけですから。

だから凱旋というか・・。

で、聖徳太子の時代に仏教が入ってきて聖徳太子は仏教を広めようとした。

何で神じゃないのって、その時は色々ありますけども。

 

参加者

そうだねえ、神社だったもんね、神だったからねえ。

 

司会

千三百年前というのが、ここには出てきませんけども、仏教が入ってきて一番広めようとして西国三十三札所巡りというのは千三百年前に始まったわけです。

千三百年前の頃というのは神道の世界では記紀編纂。古事記、日本書紀の編纂をやってるわけです。

 

参加者

古事記とかは奈良時代?七百年頃に出来たんですか?もっと古いかと思ってた。

 

司会

七百十二年。

私は、宮崎に行ってきました。そこで、今、千三百年事業というのをやってるんですよ。

八年差があるんですよ。古事記が出来てから八年後に日本書紀が出来てる。

八年あるんですけども。何でかと考えた時に、千三百年前に仏教が入ってくるじゃないですか?仏教が聖徳太子の力で広まっていきます。

神道の方は危機感を強めるわけですよ。

 

参加者

なるほどね。初めて知ったー、それ。

 

司会

この危機感。ここのところを日本の国民に隠して、日本を自分たちが天孫、高千穂に天から降りてきたというけれども、降りてきた事にして、それよりも前に日本の神様がいたわけです。だから、これ攻めてきたわけですから。攻めてきたことで、すり替えたということがあるんですね。日本はずっと万世一系ですよという事で、神武によってすり替わったという事があると思うんですよ。

だから神様が連綿と続いてきたものをここでグサッとしたわけです。自分達は元々日本にいたという風にする為の記紀だったのではないかと思うのです。

仏教が来たので、日本の国の自分達が正当だと、今の天皇につながっていくものだという事をする為に記紀編纂。

仏教が押し寄せて来たので、自分達の優位性、日本の国は神の国だという事をする為に、こういったことを当時の天皇が、だから神武につながるじゃないですか、神武の天皇からの系統は。神武はこうやって攻めてきて、日を背にして攻めたわけです。それとつながってくるのかなと思ったのです。違うかもしれませんよ。年代から見てね。

 

参加者

そうかもしれないね。

 

参加者

仏教がやって来た時に、神武天皇もやって来た?

 

司会

神武天皇はもっと前です。これは編纂したのが千三百年前ってことです。

来てすぐに編纂って、本を作りませんよね。言い伝えがあって、その言い伝えを本にした。

日本とはこういう国だという事を、朝鮮とかに日本の国というのはこういうものだ、神様の国だという事を知らせたいがために作ったんだと思われる。

それは太安万侶(おおのやすまろ)という人がずーっと言い伝えてる。丸暗記してる人がいるので、すごく賢い人が昔いたので、そうやって言い伝えできてたのを編纂したと。

事実というのは記紀編纂千三百年というのと、西国三十三札所は、千三百年前始まったよという事です。これが事実ね。

参考:観音霊場草創1300年・記紀編纂1300年を考える
    『モノではない。』

 

参加者

焦って作られたんですね。

 

司会

宮崎に言った時に、神社を案内してくれた人がそうやって言ってました。

「西国では観音様巡り千三百年って言われてますけどもどう思いますか?」って聞いたら、「いやあ、焦ってたんじゃないですか?」ていう話をしてましたよ。

 

参加者

西国巡りのもとは弘法大師なんですか?

 

司会

西国巡りのもとはですね、徳道上人と言いまして、前回やったんですけども。

これは閻魔大王が夢に出られて「西国三十三をやりなさい」ということで、閻魔大王の命令を受けて始めた。それが千三百年前。

ここの前の山に徳道上人の開山した寺があって、そこにも観音様があります。ということも、ここに(前に)書きました。

閻魔大王ってことで、神様とつながってますね。

 

参加者

三十三札所に何をされたんですか?

 

司会

三十三札所を作っていった。寺を開いていった。観音様をおまつりして、観音様を拝めば、名前を唱えれば救われるよということですよね。

 

参加者

真言密教の人がよく参ってるから空海が関係あるのかなぁと思ったけどそうでもないんだね。徳道上人・・。

 

司会

空海も観音様では関係あるじゃないですか。

 

参加者

関係あるけど、もうちょっと後だもんね。

 

司会

観音力を発揮したのが空海であると。井戸を掘ったり、社会事業をして来ましたね。社会事業をして来て、井戸を掘りました、それは観音力があったからだって。

釈迦は釈迦力でしょ?シャカリキと言えばガムシャラですよね。

 

参加者

()そういうこと?そうなんだあ。

 

司会

そういうことですよ。字にも意味があるんです。

社会事業の話とか弘法大師の話、空海の話というのは、今しゃべったことは、先生がメシヤ講座で話したことです。

 

司会

空海が社会事業をしましたよと、それは観音力によって、「ここ掘れわんわん」じゃなくて「ここ掘ったら水が出る」ということは、観音力を助けに、観音様の力でもってそういうことが出来たんですよという話が過去のメシヤ講座を読むといくつも出てきます。

 

司会

空海と最澄について骨子でとり上げてましたよね。

最澄が空海に、本をね、理趣経(りしゅきょう)という本を貸してくれと言ったわけです。

空海と最澄は一緒の時期に中国へ行って学んできたけども、空海の方がものすごく密教を極めたわけです。密教の一番の先生について教えてもらって極めたわけです。密教の真髄を得たのが空海であって、最澄というのは位が高かったので帰って来たら日本の中ではものすごく上になるんです。位としては全然違うんだけども、空海の方が真髄を学んで帰ってきた。

 

参加者

難しい・・。

 

司会

空海は親類とかに偉い人とかもいたんですが、そういうのも全部捨てて、高い位に就けたのに捨てて、修行をということで坊主になるわけですね。日本にそのまま居ればどんどん上がって行けたのにそれを捨てて、自分は密教を勉強したいという事で渡りたかったわけです。

最澄はもともと高い位のまま行かせてもらえたわけです。選ばれて。そういう差がある。

でも、真髄を学んだのは空海だと私は思います。

その本というのは、こうして対面して話をしないと分からないような難しい本なんです。それを「貸してくれ」と言われただけで貸せるような、そんなんで真髄を学べるのか、という事で空海の方は貸さなかった、というのがあって、それを「何で貸してくれないんだ」とかごちゃごちゃあって・・。

本当の真髄というのはきちんと自分で体験して学んでいくもんだよという事が言いたいので貸さなかったっていう風に私は思いました。


図―11
11


司会
観世音菩薩、もともとは素戔嗚尊の暴圧が原因という、ここが根本にあるんですね。今までの話と通じてるんですけども、伊都能売神が出ていった原因というのはここにあったわけですから。
それで、伊邪那岐、伊邪那美、この素戔嗚尊がですね、天照皇后(お姉さん)に、「私、母のところへ行こうと思うんです」とご挨拶に行こうとする。そうしたら、征服しに来るんじゃないかと思うわけです。で、素戔嗚尊は証明しようとして自分の剣を真奈井の水に注いで生まれたのが三女、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、田霧姫命(たぎりひめのみこと)が生まれました。で、天照皇后の方は曲玉を水につけて生まれたのが五男、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)、天穂日命(あめのほひのみこと)、天津彦根命(あまつひこねのみこと)、活津彦根命(いくつひこねのみこと)、熊野樟日命(くまぬくすびのみこと)が生まれて、五男三女神ね。実際には御教えで出てくるのは、こんなのは生まれるはずがないので重臣を呼んだんだよと。で、証人にしたんだよと。何の証人にしたの?ということで、日本の地図が出てきますけども(図―11下)、天の八洲河原の誓約というのがあります。琵琶湖を中心として東は天照大御神、西は素戔嗚尊が治めましょうという事で、決めた、誓いをしました。また誓いが出てきましたね。さっきも誓いが出てきてたよね。お釈迦様、衆生済度を救うという誓いね。で、この誓いね。誓いを破ったね。誓いを破って追放されます。
誓いって、何で出てくるかと言うと、一昨年12月23日誓いましたよね。誓詞を捧げました、代表。
そことつながってると思います。

参加者
それを破ってるわけだ。

司会
だから、そういったお詫びお詫びというのは、神様の事を受けてのお詫びというのも出てきてるので。そういうところにまで思いを馳せてお詫びという事を言われていて、そういう事にもつながってるわけです、誓いというのは。
そこをつなげるというのは難しいですけども、こういう事を勉強することによってちょっとでも分かってもらえたらという話になってきます。

参加者
素戔嗚尊は本当に西方浄土を作ったんでしょ?

司会
阿弥陀さんになってね。それはこれから出てきます。


図ー12
12

司会
竜宮の乙姫についてってことで。
めちゃくちゃ強かったんです。男勝りの女傑だった。素戔嗚尊のお嫁さんね。お嫁さん、朝鮮。三男だから弟、弟のお嫁さんだから乙姫ってね。で、素戔嗚尊はさっきの話でキリスト教を広めたり、仏教の方で阿弥陀になったりして、要は流浪の旅に出てるのね。長い事出てたんだろうね、お嫁さんは朝鮮で旦那の後を仕切っていたけど、寂しかったんだろうね。日本の信州の田舎から釣りをしてたら流されてしまって朝鮮に着いて、えらくいい男だったので、竜宮城は女性しかいなかったのに、いい男が来たので内緒で囲って密通してたんですね。長い事居たんでしょうね。世間に知れることになって、帰さなくてはとなって、宝物を持たせて帰したと。何年もたってたから玉手箱を開けた時には、煙で云々というよりも、何年もたってたから年を取ってるよね。えらく長い事居たんだという話ですね。(笑)
要は強かったと。この人が仕切っていた時を観世音菩薩と言うんですよと。で、大自在天という人が仕切ってた時は観自在菩薩と言って。で、この観世音というのは乙姫の世の中を観るという事で観世音と言います。
観音様は、支那全部に観音信仰を広めましたよっていう事で。南支那で終焉(しゅうえん)。

参加者
伊都能売神皇がってことですよね。

司会
観音様になってね。伊都能売神皇が。

参加者
自在天の方が先? 後?

司会
先じゃないですか。観自在になって後に観世音になる。
こっちの方に来たんですね。支那の方まで、乙姫は強かったので勢力があったわけです。
乙姫の世の中を観た、観音様がここまで来て観てたのが「観世音」。

参加者
印度で布教してたから観自在か

司会
そうそう、そのころ自在天というのは、印度の方で仕切っていた。
それは名前としてね。観音様というのは乙姫の時代に、乙姫に勢力を握られていた時代の話です、ということです。

司会
肝心な事だけ知っていて下さい。

参加者
はい。(笑)

司会
いや、知らない事はとことん調べて逆に教えてください。

図ー13

13

図―13
日月地、これ、順序が日月地。
観音様は応身の彌勒、阿弥陀様は法身の彌勒、釈迦は報身の彌勒。
で、阿弥陀様というのは神素戔嗚尊、釈迦は稚姫君尊。
大地っていうのは、大地の母とかって言いますよね。だから、生みの働きがあるんですね。
月というのも、女だから母になると。両方とも母になると。両方とも日を生む働きがあると。
で、この日月地というのは宇宙の実相です。宇宙の真理です。
五六七、火水土。
五六七を足すと十八になりますよという。
順序としては日月地ですよと。

参加者
報身、法身、応身が最後だよね。

司会
子供は先に生まれないもんね。母があって子供が生まれるから。
観音様の頭には阿弥陀さんが居るよね。親より出でて子の方が位が高い、本来は。それをずっと間違えてた。間違えてた時が順序が逆転してた。阿弥陀さんとかお釈迦さんの方が偉いと思ってたというのは順序が逆でしたよと。観音様が偉いんですよと思ってもらったらそれでよろしいという事です。

参加者
ん・・・。

司会
複雑に考えなくていいんじゃない?
観音様が一番ですよ、月は二番ですよ、地は三番ですよ、この順序が正しい順序ですと。

参加者
釈迦は地ですもんね。

司会
で、釈迦というのは現界を救う。

参加者
そうでしょ?最後に出てくるから応身かなと思って・・違うんだね。

司会
阿弥陀というのは西方へ、要は資格を得たものを送ってくれと釈迦に言うわけですね。釈迦は現界で資格のある人を阿弥陀のもとへ送りこむと、そういうこの時代というのは夜の時代ですので。
根本は日本の神様ですと。根本は日本の神で、霊体は印度へ渡ったんですよと。その霊体というのは稚姫君命、神素戔嗚尊ということです。
これ、印度とかへ行ってこうですねと言ったって、書いてない話ですからね。
その真理をメシヤ様はお説き下さったということです。
これ、天、中、地、六、六、六と書いてあります。今まで天界が六、中界が六、地界が六だった。一厘の御魂が天から地へ下りるんですね。中界を通り越して天から地へ下りるんですね。6-1=5、 6 、6+1=7 で 五六七。これが正しい順序ですよという事で、これを足すと十八です。十というのは縦と横がありますよ。これは神を表しているんですよということで、完全な形の事が十ですよと。それを八で開いていく。末広がりとか言うじゃないですか。開いていくとか、無数にあるということ、これが十八。神様の力を開いていくという事で五六七が正しい順序ですって言ってます。
で、この下りたのが一厘の御魂であってポチ、麻邇の玉とか如意宝珠とか言われてます。これによって五六七の御代が生まれるんですよと。



図ー14
14


伊都能売の字ね。イヅとミズ、五と三でね。火、水で。火はカと読むんです。水はミと読むんで、神。五十三というのは神でもあると。

それで、火に横棒、横棒というのは水なんですよ。水は横に流れるじゃないですか?火は縦に燃える。火は縦で、横棒一本というのは水の働きなんです。これを入れると光という字になりますよね。で、光は肉体を通ると、火水土、完全になりますよと。これを三位一体と言って、だから、浄霊もそうでしょうと、浄霊の原理というのは光、神様の力を人間の体を通して取り次ぐということで、この火水土の原理で出来てるんですよという事。

字で分かるでしょと。


図ー15

15


宇宙の実相。

仏経に於ける大乗小乗という事で、大乗小乗、習いましたよね。

要は仏教というのは全部小乗なんです。小乗の中に含まれる。だけど、この仏教の小乗の中にも大乗と小乗がある。この、小乗の小乗というのは自力であって、これはさっき出てきた日蓮宗と禅宗ね。禅宗の方は維摩居士とか出てきますけど、臨済宗とか臨済禅とか言います。これは道教とかにつながってきますけども。日蓮宗と禅宗が小乗であって自力です。他はほとんど皆他力なんだと。浄土宗とか、全部こっちに入るんですよと。

 

参加者

密教は・・。

 

司会

密教はバラモンのだから小乗に入ってる。バラモンで難行苦行であって、この小乗の方には先程出ましたけども、達磨大師は学問をも極めていったと。で、それを対比するものとして釈迦が出てきて、経文宗教ということで、お経を唱えていく。親鸞聖人の方もそうだね、念仏を唱えれば救われると。



図ー16
16

日蓮上人の開祖、日蓮宗、小乗、難行苦行、自力本位ということで、バラモンの流れがありますよと。精神としてはね。だけど、日蓮は釈尊の法華経二十八品を推奨してるという事で、形としてはこっちの流れも汲んでますよと。日蓮はね。両方を汲んでるからすごいんじゃないですか、日蓮は。「吾は法華経の行者なり」という言葉を言ってますけども、行者というのはバラモンの方から出た言葉ですよと。

で、日蓮宗の方は霊がかりが多いですけども、狐とかそんな話も多いですけども、それはバラモン的だからという事だそうです。

で、十というのは、仏教は経、霊であって、キリストの方は緯。で、今はキリストの方の物質文化、科学が究極に発展してきましたよという事です。

これは御教えにありますけども、人類の発展闘争によって物質文化が究極に極まってますよと。必要なだけあればいい話であって、あまりにも行き過ぎた物質文化、もう極まってるから行き過ぎのところもあるので、そう言った時に悪は停止されるんですよと。

だから、地上天国が究極の目的だからそれに必要な物質文化はもう進歩してきた。進歩してきたので、これ以上は、便利になるのはいいでしょうけども、これ以上の悪は停止されるんですよという事です。善と悪の事は主の神様の権限なので、宇宙意志でもあるので、メシヤ様は分かるけど人間には分かるものではないよということです。

図―『古事記に隠された幾何学』より

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これは御教えじゃないので・・。

『古事記に隠された幾何学』という本から。

島があるじゃないですか。で、太陽が東から上って西へ沈みますよね。太陽はこう日の通路があるとすると、ここで再生してくんですね。再生したときに日が上がると。この働きというのは対立だけども、互いに補完の関係でなくてはいけないよねと。要は太陽は西の水平線の彼方へ沈む、一度は死ぬが、太陽自体が所有する生成の原理によってあくる日には東の水平線に復活し上り始めるということで、こっちは素戔嗚尊の関係、伊邪那美、根の国堅洲国黄泉の国、「母の国根の国堅洲国へみまからんと思う」と素戔嗚尊が言ったわけですね。これ、天照、高天原の方・・・こういう対比の関係にあるんですよねという事が書いてあったので、ちょっと面白いなあと思って。

 



時間になりましたから、一旦終わらせていただきます。