平成3010

「覚りの旅」平成3010月度 勉強会を終えて

司会

『救いの三本柱』ということで、1010日付けで書かせていただきました。

読ませていただきます。

 

平成30年10月10日

『救いの三本柱』

三救 - Three Pillars of Salvation - での御神業始まる。

 

皆さんこんにちは。本日は特別に意義ある日となりました。

私は、これまでも何かの行動を起こすときや祭典において自分なりに意義を持って臨む。という姿勢を貫いてまいりました。そうすることで、生活に豊かさが伴ってくると思うからです。

ブログで先に紹介させて頂いたので繰り返しになる部分もあって恐縮ですが、

私が、初めて御神体(五六七大神様)をお迎えさせて頂いたのが、平成五年十月十日でしたので、家庭祭の日を十月十日と決めズーっと執り行ってきました。

その時から25年がたつことになります。

25年は5×5=25になりますね。

25の数字については、メシヤ講座no.200(平成2911月)の資料

http://meshiya-kyo.net/document/2017/11/data_10/?hilite=%27%EF%BC%95%C3%97%EF%BC%95%27

をご確認いただければと思います。

また、

【御教え】神と仏 信仰雑話 昭和2395日発行

『法華経二十八品で、二十五番目が観音普門品である。彼の日蓮上人はこの事を知って、法華経こそ仏法の真髄であるとなし、熱烈なる信念をもって法華経の弘通に当られたという事である。』

とありますように、この25年という歳月に意義を感じさせていただいております。

 

次に、三十年十月十日についてですが、

 

【御教え】御講話  (昭和十年十月六日)

『十十十と三つ重なると千になる。』とあります。

その上に三が付いているので三千ですね。

三千というと、

 

【御教え】仏滅と五六七の世 『文明の創造』昭和27年執筆

『私の善言讃詞の中には大千三千世界と直してある。というのは三千世界とは、神幽現の三界であるに対し、これを纏(まと)めて一つにすれば大千世界となる。大とは一人とかくのであって主神御一方が主宰され給う意味である。』

 

とありますので、仏滅となり五六七の世になるこの時、神幽現の三界を主神様が御一方が主宰される。御教えに帰一する時となったと受け止められます。

また、

メシヤ講座・特選集no.153(平成2510月分)では、メシヤ様御描画の観音様が定山渓岩戸観音堂に御鎮まりになられる経緯を、「道路建設の際に、厳しい自然の前に多大な犠牲者が出たと言われ、その道路工事を請け負っていた地崎卯三郎氏が大日本観音会を立教されたばかりのメシヤ様の霊験灼(れいげんあらた)かさを知り、観音様の御描画を申し込まれたのが昭和10年1月7日のことだった。そして、十月十日を経た10月17日に御下付され、10月26日に御奉斎された。」と説明されておられます。

 

司会(補足説明)

ここでは直してないですけども、別のところに(ブログで)この前の話、十月十日(とつきとうか)と書いてあるけど十月十日(とつきとうか)じゃないよね、という話で、子供が生まれるときの十月十日(とつきとうか)は週で数えるからかなと思ったのです。同じように疑問を持っている人がいるかもしれません。ピッタリにはならなかったけどもほぼ十月十日になりました。

 

司会(続きを拝読)

十月十日というとメシヤ様は、御腹帯に『伊都能売之神』というご神名を御揮毫になられておられますように、新しい生命の息吹と、『伊都能売之大御神』様にこの数字は関係あるようです。

 

メシヤ講座・特選集 no.87(平成204月分)では、

「胎児は、このように十月十日の間に38億年間の生命誌を辿って人間として完成してまいります。メシヤ様の仰っているのは、ダーウィンの進化論では不十分で、宇宙の誕生、地球の誕生をも踏まえて人間を考えてゆかねばならないということです。」と学びました。

 

司会

これは十月十日、伊都能売神の事を書いておきました。

ちょっと飛ばしまして・・。

 

救いの三本柱(三救)

今回、この場所の名前をどうしようかという話でね。「救いの三本柱」としました。

略称で三救(さんきゅう)と言ってもらってもいいし。

三救(さんきゅう)って何?っていえば、救いの三本柱。

救いの三本柱というのは宗教的な説明になってしまうかもしれないけど、浄霊・自然農法・芸術。

だけど、自然農法といえば色んな方がやってみえるし、宗教臭さは無いですよね。芸術もそうですよね。浄霊もね、手かざしとかあるように・・でも、全部まとめると宗教っぽいですけども。

そういう事です。救いの三本柱。

図ー1

図ー1


で、救いの三本柱を英語にするとThree Pillars of Salvation になるそうです。このOをとると、

Time 時間 どんな時に

Place 場所 どんなところで

Ocation 場合 どんな動機で

Style 生活 どのようなライフスタイルで

と読めますよね。そういう意味付けが出来ます。

これをそのままTOS(トポス)と読むと、ギリシャ語では場所とか論点ていうことになります。論点を見つけて話し合う場所、そういう場所でありたいということです。

 

そういうことで、救いの三本柱ということで三救がスタートしましたので、宜しくお願い致します。

ブログもこれに直しました。

 

 

私の名称に就て

では、今日の御教えをですね、「私の名称に就て」、お願いします。

 

参加者

「私の名称に就て」 拝読

【御教え】私の名称に就て  (栄百二十一号  昭和二十六年九月十二日)

『今度本郷弓二氏が、私が信者に対して、時々言う弟子の言葉に就て、色々心理的にかかれたが、之も面白いと思ったので少しかいてみるが、私は現在は光明如来の働きを主にしておるので、釈迦如来、阿彌陀如来と同等の地位として、釈迦如来がよく曰われた十大弟子の意味と思えばいいのである、又浄霊を専門にしてる人と、普通信者と紛れ易いので、そう言った方が判り易いからでもある。

氏のいう如く、以前私は大先生と呼ばれた事があったが、其時は観世音菩薩という菩薩行であったからそれでよかったが、如来となってから明主の名にしたのである、又自観とは自分は観音の働きをしているという意味であり、その他和歌の名の明麿も斯ういう訳で付けたのである、それは皇太子殿下の御誕生が、昭和八年十二月廿三日で、十二月廿三日は私も同じ月日に生れたので、忘れもしない、生れて初めて、右の昭和八年十二月廿三日に、信者の勧めで誕生祝をしたのである、そんな訳で殿下の御名が明仁と発表されたのを記念したい為、其時明麿と名付けたのである、又ユーモアー的のものには、明烏阿呆の名を用いているが之も由緒がある、それは明治の初め頃、大阪に朝寝坊喜楽という冠句の宗匠があって、此人は当時相当認められた宗匠で、其二代目が大本教の出口王仁三郎師で、朝寝坊閑楽の名で、旺んに信者間に冠句を奨励されたので私も其弟子となり、好きな為大いに努力し、其甲斐あって三代目朝寝坊暉月という名を貰ったのである、それから笑の泉でも知らるる通り、選者となって一時は、私の弟子数十人に対し大いに冠句を奨励したものである、処が其頃、私は非常に朝寝坊だったので、早起きになりたいと思い、そこで改名したのが今の明烏阿呆である、すると不思議にも、それから早起きになって、今日も続いているのであるが、言霊の妙用も馬鹿に出来ないのである。

そうして神様は私の霊的地位や、仕事の関係などから、相応した名前を御付けになるので、今後と雖も名前が変るかも知れないし、変らないかも知れないと思うが、考えてみると明主の言霊は、メシヤと五十歩、百歩だから、或いはメシヤの名前になるかも知れないとも想っている。

司会

はい、ありがとうございました。ここに書いてあることを、まとめてみました。

図ー2
図ー2

大先生というのが出てきましたね。この時は観世音菩薩の働きで菩薩行だったそうです。観世音菩薩から光明如来の働き、神様がだんだん上がられた時に、明主という名前にされたと。

で、この時は自観大先生と言ったのですけども、自観というのは自分は観音の働きをしているという事だとここに書いてありますね。

もう一方の見方では、自分の世を観る。自分というのは捉え方が色々あるでしょうけども、文章の流れからすると―メシヤ様の世を観る―ですよね。一方、メシヤ様側から見れば、世界を司るのですから世界・世の中を見るという、これ、そのままの読み方ですけども。

一方、自分に置き換えてみれば「自分(人間)の内面を見よ」、「自分自身を知れ」と受け止めることが出来るのではないでしょうか?

ある人と話していてこういうことが出てきたので、そういう受け止め方もあるので、紹介しておきます。

 

言霊の妙用

次に

図ー3

図ー3


和歌の時には明麿。これは何でつけたかというと、昭和8年の1223日に明仁殿下が生まれました。この 明(あき)、一緒ですよね、明主様も 明(めい)で一緒ですから、和歌の時は明麿とつけてました。

麿というのは尊いという意味合いがありますから。

先生は、和磨(わすまろ)と読みます。和していく尊い人ということです。

名前というのは言霊の妙用ということで、色んな働きというのが出てくるので、非常に名前というのは重要ですよということです。朝寝坊暉月という時がありました。その時は朝寝坊だったそうです。

早起きしたいと思って、明鳥阿呆(あけがらすあほう)と変えました。そうしたら早起きになったという事で、言霊の妙用ですね。

他の御教えに出てきますけども、日が軍でいさましいわけですね。暉月ですから日と月が入ってますよね。メシヤ様は日月地で伊都能売神ですから、ここにも日月地というのが入ってたんですね。

(軍)いさましい時ですね、大本教の時代ですから。出口王仁三郎氏は革命みたいにして行ってるわけですから。エスペラント語といって国際語を作ったり色んな事をやってますけども。

 

これは何を書いたかというと、母親の名前が輝代といいます。光のいさましい人でしたということです。

ずっと呼んでると勇ましくなってくんだなあと思って。()

昇は日が昇るの昇です。

忠徳と道江、これは徳道(とくとう)となるよね。

徳道上人というのは閻魔大王の命令で観音札所西国33ヶ所を開いた人です。西国33札所始まって今年が1300年だそうです。

で、奈良の長谷寺もここの長谷山の長谷観音も開山してます。

エンマ大王というのも関係ありますし、徳道上人というのも関係あります。

 

 

参加者

すごいですねえ。意味がつながってくるんですねえ。

 

司会

結構、メシヤ様の時代に名前を変えてますからね。こういう風に変えよと言って。

 

五十歩百歩

司会

五十歩百歩って出てきましたよね。

図ー5
図ー5



五十歩を以って百歩を笑うって、本来の意味合い的に。でも、使い方がちょっと間違ってるんじゃないのとおもいませんか。五十歩百歩というのは五十歩も百歩もよく似たもんだという話ですよね。

ある人が戦いの場で逃げた、五十歩逃げた人が百歩逃げた人を笑っていた、一緒じゃないか?という意味から。

五十歩を以って百歩を笑うっていう本来の意味、同様の立場にありながら相手を嘲笑する愚かさをいうんです。そうすると、ここの使い方間違えてませんか?という話で。すぐれたもの同志に使うのは誤りですよという、その語源としてあるわけです。

これメシヤ様が使われてるわけですよね。いいもの同志じゃないですか?明主様というのもメシヤ様というのも。わざと使い方を間違えて知らせてくれたんじゃないかと思ったわけです。すぐれたもの同志なので本来の使い方ではないですよと。

五十歩百歩ではないんですよと、同じではないんですよということを知らせたんじゃないかと僕は思ったという事です。

時期が来たらメシヤ様と呼びなさいということを、この時に言いたかったんじゃないかと、この五十歩百歩を使うことによって。・・と思いました。そう思えない?

五十歩百歩だからメシヤ様と呼ばなくても明主様でいいでしょうと思われる方もおられますのでね。そのように受け止めました。

それで、天照皇大御神様というのは最高最貴の御神名ですよと。主神様の表現神なんです。と今まで学びましたよね。

図ー6

図ー6


主神様が伊都能売神を仲介して救いの力を観世音菩薩に与えてるんですよということが書かれてあって、そうすると、メシヤ様の腹中の光の玉へミクラタナの神様のチョンが魂として入る。

これで神人合一という事ね。光のチョンが入って神人合一。

だから、神様なんですから、位が全然違うのでメシヤ様とお呼び申し上げるべきなんじゃないですかと。

五十歩百歩、同じじゃないんですよということです。

で、もう一つの裏付け根拠としてですね、メシヤ様は『メシヤという名前が非常に好きなのです』とい

図ー7

図ー7

ことをある対談で答えられていまして、これは好きなんだからメシヤ様と呼んでほしいなということで

すよね。好きなんですと言っておられるんですから。

メシヤ様と御尊称できるように人間が魂を浄めて欲しいという意味合いがあったんじゃないかなと思います。

 

こちらは、熊本の方の勉強会で色々やってるようで、ホームページの方にアップしてあるので、そちらの方を参考に要点を書きました。

そこに書いてある内容で、これは世界救世(メシヤ)教復興事業という事を、僕らが入る前から先生がホームページにアップされておられて、そういう時の想いをきちんと受け止めていかなくてはいけないんじゃないかと思います。そこは非常に今の時期にピッタリ合ってくるものがあるので、要点を簡単に書きました。

 

光の森研鑽資料no.420189月)その2-2の要点

図ー8

図ー8


神様の居場所は神様自らお決めになるよということ。

費用は必要な時に必要な分だけ入ってくる。

このことを信じて取組むのが指導者としての信仰です。

これは、当時支部とか、他の救世教を離脱してやられている方の指導者向けに先生が書かれているんです。

ですけど、現代にあわせて言えば皆さんもそういうことですよね。人に伝える場合。人に伝えていく立場、この教えを伝えていく人を指導者としたら、同じことが言えるんじゃないかと思って話してます。

当時は離脱した先生方向けに書かれたような内容ですけども、今の時期というのは皆に、皆こういうことをしっかり考えてねと言いたいんじゃないかなと思ってます。

で、宗教改革、医学革命というのを先生はずっと仰ってましたよね。

こうやっていくにはメシヤ様の御名を唱えれば宗教宗派を超えて浄霊力が授かる、こういうことに真摯に取り組んできたからこそ『メシヤ様の御名を唱えれば宗教宗派を超えて浄霊力が授かる』というご啓示が先生にあったんだと、ということで浄霊力の伝授という取り組みが始まりました。

世界救世教の方ではお光が無ければ浄霊が出来ませんよということを、ずっと言ってきていました。

で、先生はご啓示があって、このことに気付かれて・・「御内流」と言ってみえましたね。

 

参加者

御内流

 

司会

ぱっと浮かぶ、とか。もうちょっと高度なものかもしれないけども。ある意味神界通信・霊界通信というのが、そういうぱっと思わされたとか。そういったことを・・。

 

参加者

感じ取れる能力?

 

司会

御神前でそういう御内流を受けていたんだと思いますけども。

実際そうじゃないですか、お守りをかけなくても浄霊出来るっていうことで。

 

参加者

奇跡は一杯いただいてるからね。

 

司会

そういうのがあって、色々検証してたわけですね。

メシヤ様がお光を書けなくなって、「印刷してもいいですか?」と伺った時に、「それでもいいけども無くてもいいんだがな」って言われたわけです。

今と一緒と思いません?

メシヤと呼んで欲しいって、それなのに五十歩百歩だからいいですよね、って言ってるのと一緒だと思いません?

無くてもいいんだけどな、っていうことなんですよ。

そこをどう受け止めたかという話。調べていったらそういうことがあった。御内流と合ってるよということで。これは御神体を出してメシヤ教を立ち上げようとする頃の話です。

この内容自体が、ここはこの順番でやっていて「私の名称に就て」ってやっていますけども、この前と一緒で、熊本で世界救世(メシヤ)教復興事業の先生が書かれたことをやってるのと、「私の名称に就て」の今回のテーマと繋がってますよね。

だから、このテーマでいいんだよって言ってもらってます。・・っていう御内流!?()

結局、どうやろうが色んな事が繋げられるって分かってきたんで。

 

次に、メシヤ様の御神格の認識を明確に!ということが出てきます。

図ー9
図ー9



御神格というのは、光、天照皇大御神様の中にミクラタナの神様、チョンが入った。神人合一ということが認識できるかどうかという事だと思います。

それまでの御教えを見てると、「観音様にお聞きすると」とか「国常立神様にお伺いすると」とか出てきて、神人合一してからはメシヤ様のやられることが神様と一体になってますので、文章の書き方も変わってきてますので。

で、はじめて信仰に、先生が布教されていて色んな宗教の先生方の息子さん方と話をしてる時に、はじめて信仰を認識したのはどういう時かなという事のやりとりがあった時にですね、仏壇を整えるという慰霊の取り組みですね。家に仏壇が初めて来たときに信仰をしているんだなという事を感じる人が多いと。要は慰霊の取り組みというのはそういう信仰に直結してるんだなという事を言いたいのだと思います。

 

これはずっと言われていた合同慰霊祭とかの話ね。

やはり、自分達で慰霊を行って人任せにしないのが基本だと思うのです。

 

参加者

前の教団にいた時には、年に1回合同慰霊祭があったんですよ。そこで、お願いして参拝するという感じですけど、団体なので。何柱もまとめてされてたということなんです。

 

司会

やってくれる人が知らないので。

申し込んでる人は知らないので。

知ってる、知らない、ってありますよね。

因縁がある人がやる方が慰霊になるよという意味合いです。

 

参加者

気持ちの中でのってことですよね。

 

司会

で、先生は遷霊詞を伝える取り組みというのをやってみえました。

自分でやられるという方には遷霊詞を教えますので。

広がったらね、そういう風に自分でやらないと出来ないという事もあるのでね。

僕が行ける時は行きますけども。

 

参加者

ま、今はね、皆さん各家庭で月に1回やってみえるから。

 

司会

こういうことでなくても、御位牌があってね、やることも意味しているわけですよ、自分達で慰霊を行うというのは。

1回やっとけばいいってもんじゃないよってこと。

指導者向けに書いてる文章なので。こういうのを教えて回ってみえましたから、先生は。

 

浄霊法講座というのも出てきまして、これは急所を知るという取り組みですね。

急所というのは、今は光が強くなったのであまり急所にこだわる必要もないでしょうが、この時に資料を纏められました。今は『入門と奥座敷』にも集約してありますね。

 

「問題解決の手法」っていうことも書かれてまして、メシヤ様に御教えに相手目線で取り組むことが大事ですよと。

 

研鑽資料を現代に合わせてまとめる。これはメシヤ講座の事を言われてます。

今の事を言えば、こうやってる『覚りの旅』につながるんじゃないのかな?と思います。

 

で、復興事業の必要性がここに書かれています。

 

私の信仰経路

光の森研鑽資料no.420189月)その2-2 で 『私の信仰経路』ということで、

図ー10
図ー10


薬、肥料なくなると関係者が不安になるんですね。医者とか薬剤師とか、自分達の生活が脅かされるじゃないかという不安ね。で、そういう人たちが非難中傷をしてくる。それが、法難につながるよと。

こういったことも含めて大きく目に見えない世界で考えると、昔から天孫族と出雲族の権力闘争ということがあったんですよと。これはこの前話しましたよね。何ともならないというのはこういうことの構図であるのかも知れません。

重要なことを抜き出したので話が飛びますが、

 

布教三訓は天国会というのをやられた中島一斎先生。

五六七会と天国会とあって渋井総斎先生が五六七会、中島一斎先生が天国会。

これ自体もこういう構図だったのではという話がここからつながっています。

布教三訓は中島先生の信条でもあった。

布教三訓の中に、メシヤ様との共同作業というのが出てくるね。共同作業に何故立ち返らないのか?

御法難の4年後メシヤ様が亡くなられてしまいました。

メシヤ様は祭事は極アッサリと御教示されております。祭事って、祭典ね。大本教の方ですと、色々と何段もして、神主さんみたいにして。二代様の時に、複雑(大本教形式)を取り入れてしまったことで宗教原則から外れてしまったと、先生は言っておられます。

 

宗教とは

岸本英夫先生の本を結構先生は引用されてましたけども、宗教とは何ぞやということで、これは岸本英夫先生が書かれた本の中から

図ー11
図ー11



「人間生活の究極的な意味を明らかにし、人間生活の究極的な解釈に関りを持つと人々によって信じられている営みを中心とした文化現象である。」という風に言われております。

この考えをもとに、先生は宗教というのは遠心分離的に、縄文時代の生活をしていてルールが出来てきた。そういう過程を、ここをもとに話をされています。

もうちょっと詳しく書いてあります、遠心分離的の話もこの先生が書かれているんですね、それをもとに、今に当てはめて説かれていたということです。

 

 

宗教性が薄れてしまったのは何故か?

図ー12

図ー12



それは、高学歴の人が宗教的体験を積み重ねずして指導的立場に立つようになったから。と、ズバリ書いてあるんですね。

これはサラリーマンでも言えると思いますけども、現場のたたき上げの人が中間的にいるけども、高学歴の人が本店からポンと来るじゃないですか。

 

参加者

警察とかね

 

司会

そうそう、キャリア組とか。

先生自体は現場のたたき上げだったんですね。で、こういうことをいわれたんだと思いますけども。

現場の事が分からない人が指導者になったからじゃないのって、この時には言っておられます。

もう一つは運営面に重点を置いてしまったこと。

割り当て的に成果を求めてしまう。入信何人だとか、そういうことね。把握はしなくちゃいけないでしょうけども、これに走ってしまうとね。ノルマ的になってくると、これは運営面に重点を置いてしまうという事になるので、勘違いしてしまうのね。

 

参加者

どこを見ているか?ってことですね。見てるところが違うでしょって。

 

司会

そうそう、そうするとここで言う宗教性が無くなっていくでしょ?ていう話。

当時からこういうことを考えておられたんですね。

 

で、メシヤ様の御神格を認識していく ということと

宗教の原則を心得なさい ということ。指導的立場の人こそ率先垂範をということをいわれております。

で、志を同じくする人と(宗教宗派を超えて)・・これ(宗教宗派を超えて)は僕が書いたんだね。

志を同じくする人と(宗教宗派を超えて)世界救世(メシヤ)教復興事業の推進を!ということで、こういう流れが分かってないのに世界救世(メシヤ)教復興をと言うと、大きくすればいいんだとか、人を集めればいいんだとかって、そういうんじゃないよと。この先生の思われた思想を分かって言ってるの?という話です。世界救世(メシヤ)教復興事業推進教団って書いてあるんですね。

離れたところで、こうやってやってるけども、そういう思想を知ったうえで話をしていかないといけないってことです。世界救世(メシヤ)教復興って言うんであれば。

 

人の話を聞く

最期に出てきたのが一番ピッタリくる話で、人の話を聞きましょうと。

自分は人の話をよく聞いているか?

悩みを聞いているか?

いつも自分に課しなさいよと。自分に課すということは、自分をよく観ることだね。自観になるよね。

はい。今回のテーマとつながりました。

ずーっとやっていて最後にこれがでてきたので、あっ、これまた「自分の名称に就て」につながったなと思って。

図ー13
図ー13


神様は人の口を使って回答されますと。人のいうことにどこまで耳を傾けることができるかということが大切になってくるね。

神様の答えを得る方法というのは、気付くという事ですね。無駄なことを言ってるというのではなくて、何かもしかして知らせたいんじゃないかなという風なことで、この通信を受け取れるようにということです。

余程指名のある人には、直接あるそうですけども、普通は誰かの口を使って来るという事です。その使われるのが、もしかしてそれは動物霊かもしれないし、色々人の口、誰かにかかってくるという事もあるので、そういったことをよく見極めていかないといけないよっていうことです。

そういうことで、人の話をさえぎるなってことです。まだ、吐ききれないものがあるから繰り返してるんだと。何回も一緒の事を言うって人は聞いてほしいってことがあるので、一緒の事を言ってるなあと遮らないようにっていうのが先生の姿勢だった。なるほどなあと思って。

十分相手の言う事を吸収する姿勢を持って取り組んでくださいと。

むちゃくちゃ反省ですね、ここね。(笑)

 

参加者

(笑)

司会

先生、そうだったんだなあと。また一緒のこと言ってるなあと思いながら、こういう姿勢で聞いてみえたんだなと。

勉強になるでしょ、これ。勉強になるんですよ。(笑)

 

参加者

(笑)

 

司会

ということです。

 

参加者

日蓮さんの話をするって言ってみえたのは・・・今日ですか?

 

司会

あ、忘れてた。よく覚えてたね。

一日にやったんだね。ごめんごめん。

 

日蓮上人の健気さ

テーマ:日蓮上人の健気さ ね。

これも、熊本の方の世界救世(メシヤ)教復興事業についての中に出てきていて、先生が日蓮上人の健気さという事を書かれたんです。

図ー14
図ー14


その中でここだけテーマ的に勉強会で取り上げますという話をしたんです。で、勉強会っていうのが一日だったんですけども、今日、まだ時間があるのでこれやります。

 

参加者

すみません。ありがとうございます。

 

司会

御教え考察を深めよ!という目的。

御教えとしては、『夜昼転換の黎明期を迎えた』、これ日蓮上人のことで書いてるんですよ。

日蓮さんというのは仏教であるけども、要は日の神様を初めてお出しする、清澄山という山、鋸山の向こうにある山なんですけども、そこで初めて南無妙法蓮華経と唱えた。

御文字の祝詞というか・・・・

Q:人類史におけるメシヤ様御出現の意義付け。意義付けを考えよというQがあって、

日蓮上人の仏教改革をどう考えるんだということなんですけども。

日蓮はものすごく勉強したんです。全部の経典を読むんだと。今でいう岡田茂吉全集しっかり全部読んで頭に入ってますよということです。身につけてますという人だったと、今に当てはめると。

僧侶の勉強不足を指摘。

だから、〇〇教の先生方の勉強不足を先生は指摘してる、宗教改革としては。

すべて、中国語で読んだらしいですよ。

各宗は部分的であって神髄ではないと。だから、御教えで言う一部のところだけ捉えて話をするんじゃないよと、しっかり全体を把握して話しなさいっていうことを言いたいんですね。

色んな権威のある先生方ですから、〇〇教でも結構偉い人は一杯おりますよね、先生は小僧です、そういう意味では。若造でしたから。

先生、日蓮の健気さというのが、楳木和麿の健気さと捉えて書いてるような風に今読めば思いました、ということです。

僧侶は不利だったですね、自分の勉強不足を指摘されたら。何だこいつ・・と排撃された。

 

参加者

目の上のたんこぶっていうこと。

 

 

司会

メシヤ様のご神格を知ったと、皆に伝えなくてはと思って。

「お光無くても浄霊出来る」って分かったと。これは伝えなくちゃと思って伝えているのに、一方では特許をとらなくてはとか、それはよそに出さないとか。そういうようなことを権威を盾にしてやるわけなんです。

今に置き換えて考えると動きというのはよく分るよということ。

それから、僧侶と為政者との癒着。

当時、北条時宗かな、鎌倉幕府、源氏から北条になって執権政治がありましたよね。その為政者に権力者から迫害を受けたわけなんです。龍ノ口の法難といって、切り殺そうとした時に太刀に雷が落ちて日蓮が助けられた。龍神に助けられた。そういう話もありますよと。そのくらい迫害を受けてたわけです。

組織ではなく個人の取組みなんですよと。これ、先生が言ってるんですね。個人の取組み。日蓮の時のことね。

自分一人でもやったるぞ!という意識を持っていた。

先生も自分一人でもやったるぞ!と、こういうことがあったんだよという事を言いたいんですよね、これ多分。

その一点において、この日蓮の気持ち、先生の気持ち、一点において歴史の転換期を迎えたんですよということですね。

道にあるものは重く受け止めよと。宗教をやってるものはこの事をちゃんと考えよということを言ってます。

 

日蓮上人、黎明期を切拓いた。切り拓きましたよね。

図ー15
図ー15


だけど、御教えで、日蓮上人は地獄に行ってるんだよと。それを私が助けたんだよとメシヤ様が仰ってる。

何で?って。何で地獄に行くのって考えたことはあるのかと。という事を先生は問いかけていて、先生が考えるに、返り血のようなものを浴びたのではないかと。

というのは、世界救世教に置き換えていて、世界救世教、権威にしがみつく教職者、年輩者、この時先生は若造でしたから、逆恨み。

例として、先生が若者の時、情報を持つ、情報というのは御教えをしっかり読んで真実を手にして動くと築き上げてきた組織を解体する方向へ突き動かす取組みになってしまうと。なりますよね?権力で守りを固めているから。そうすると、逆恨みを受けるんです。霊体に覆いかぶさってくる。これが返り血のようなものだと。これもいたしかたのない神律なんですよと。

 

要は正しいことを進めるにしても宗教改革を伴う厳しい現実もあるんですよと。自分の身の上からこういうことを言われています。

図ー16

図ー16

指導者は信仰する人々を身を挺して正しく導かなくてはならない。

そのために、布教三訓、るナ三訓はあるんですよということで、

先程から出てくる布教三訓ってなあに?

メシヤ様と共同作業をさせて頂く

さっきの一番初めに出てきた共同作業の事です。

恩は着るべし着せるべからず。

何々してやったのに、とかそんなの言わないで下さい。それならやるなよという話です。(笑)

寝食を忘れてやりなさい。

 

で、るナ三訓とは、「威張るナ」「怒るナ」「早まるナ」です。

 

で、世界救世教を他山の石」せよ。

これ、僕が書きました。日蓮上人の想いやいずこ。重ね合わせたものでね。

何といっても宗教は人の心をよくするものなんですよと。宗教の使命というのはこれ以外ないのに、運営にこだわっておかしな方向へ行っていませんか?と。

ピッタリじゃないですか?この時から言ってるわけです。

そういうことを念頭に置いた上で世界救世(メシヤ)教を復興していこうじゃないかという取り組みだったという事を今一度学ばせてもらってるということです。

図ー17

図ー17

商人は商人として、軍人は軍人として、各々するべき事があるでしょうと。すべかざる事があるでしょう。これは決まっています。だから宗教は人の心を良くするものなんです。

それで、一元化というのが来ますね。

救世教も何派にも分かれましたけども、この時の一元化というのは昭和の時代、各地に教会がいくつもありました。それをまとめようとする動きがあって、まとめようとしたんですね。強引さが伴いましたけども。これが、本当にまとまっていけばいいんですけども、組織も思想もね。そうもうまくいくわけでなく、理論というのが内向きの理論になってしまったよと。内向きの理論とは自分たちの組織を固めようとする理論になってしまったので、ちょっと方向が違うと。世界救世(メシヤ)教の復興ですから、世界を見なくてはいけないのに、そこの理論が欠けていたのではないの?と。

 

本来、外向きでなくてはいけません。

というのは、御教えを全部に公開することだと。

で、世に問えばいいじゃないの?と。

今でいえば、御垂示も隠さなくてもいいんじゃないの?ていう話です。

御教えを公開して、世に問うて、それが布教であるとね。そうすると、社会改革を進める体制づくりが布教でもある。社会改革ですからね。

自分達の組織の改革を言ってるんではなくて、布教して世の中の人に問うて・・先生、健康保険つくろうとか、エッと思うような話をしてましたが、この辺から来てるのかなと思って。

世の中の大きな会社に入ってる人は「いいよね」という話になりますよね。厚生年金に入れてる人はいいけども、そうじゃない人も居るからということで。皆が浄霊で全く病院も行かなくてよければいいですけども。

で、具体的な救済のあり方の指導が必要ですねと。真の教育システムが望まれるんです、ということ。

これが、メシヤ講座で先生が目標とされたこと。

 

宗教と科学の一致ということ

御教えの出された時代背景は何か。

宗教とは何か。

教条主義に陥ってはいけない。教条主義に陥ると裁きの心が芽生えてくるんですね。こうでなければならない。世界の民族の守護神を知るとか、特徴・特異性を知るとか、裏面史を知るとか、世界布教する上において学ばないといけないんですが、これを知って、そうするとこの教条主義というのは、自分達の教え、このメシヤ様の教えってすごいんだって、これはいいんですよ。エホバの証人の人と話をするのに、「エホバって主神様なんです」って、「主の大神なんです」って、「本当に尊いんです」って、相手もエホバを信じているのにこちらが優位に立って上からかぶせていく、そういうのを教条主義。裁きの心を芽生えさせて話してはいけないんですよという事を言ってるんですね。

図ー18
図ー18



知っても。

御教えを知っていて、相手に「知らないのか?」みたいな言い方をするなよということです。

 

参加者

御教えで切るということですよね。

 

司会

そうそう。

だから、このころからそういう話を先生はもう懸念していたわけです。

先生、若くて御教えを知っているけども、そういう御教えを知ってる人はいくらでもいるわけですよ。世界救世教ですから。その中で、こういう話の仕方をする人がいるので懸念していたわけです。

で、当時、アメリカ、今でも言えることでしょうけども、ネオコンといって新保守主義が台頭していたらしいです。で、これが自分たちが優位だという事で教条主義に拍車をかけてった。

本来はモデストって言って、謙虚とか謙抑(けんよく)、譲る精神、そういったことで進んで行かないといけないのが、こういう自分たちが一番とか、アメリカファースト、都民ファーストとか言ってる今にもつながってますよね。逆行してるよね。独善に近い。

 

指導者は御教えを深く学び公開を。

図ー19
図ー19


「教・論・律」の確立を!ということで、先生がずっと説かれてました。

「教」って何? メシヤ様の御教えです。

「論」って何ですか? 御教えを基に世の中を見てどう解釈するかです。

ここ、大事ですね。

「律」っていうのは、解釈した上でどのように生きていくかを求め生活していくんですよと。現代の生活に落とせるかどうかという事です。

『メシヤ様の御名を唱えれば宗教宗派を超えて浄霊力が授かる』というのは、こういうことを人類の福音、恩恵、こういうことを感謝して広く宣べ伝えることですよと。だから、こういうことをやってきたのでこの浄霊力が授かったんですよと。授かったというより、ご啓示があったんですという、さっきの話とつながってくるんですね。

 

 

同時に進めていかなくてはいけないのが、即効的対応であって、因縁の解消、曇りを浄める、本人の我執が取れること。

この、浄霊で曇りを浄めると、再び発生させない生活指導が伴っていないとまた曇りを作るので、これを同時に進めていかなくてはいけないと。

ポイントは日常的営みであって、無意識の仕種にありますと。

で、泥を被るということが出てきますけども、責任を回避しない、詭弁を弄しない、口先で逃げない。

一心に「メシヤ様の御精神を現代に求める」取組みをするんですよということと、るナ三訓の“威張るナ”を、るナ三訓あったけども「威張るナ、怒るナ、早まるナ」、特にこの“威張るナ”を上に立つ人は心がけてください。

図ー20
図ー20


結果、宗教宗派を超えて浄霊力を伝授の啓示を賜ったんだよと。

先生は“威張るナ”これを上に立っても威張らないで来た、こういう結果。

 

参加者

実るほど頭を垂れる稲穂かな・・

 

司会

メシヤ様の恩恵に一人でも多くの人が浴する復興事業、だから誰にでも浄霊力伝授出来るという事でメシヤ様の恩恵に一人でも多くの人が浴することが出来る、一人でも多くの人が浄霊出来る、そういったことが復興事業の眼目なんですよと書かれているので、こういう流れを見てくると、世界救世(メシヤ)教復興ということをどういう思いで先生が取組み始めたかっていうのがよく分かるんじゃないかなと。

だから、簡単に世界救世(メシヤ)教復興、復興といっても、ここのところを勉強しないで言うことじゃないんだよと思います。

 

 

では、終了参拝をさせて頂きます。