メシヤ講座で『文明の創造』の創造を学ばせて頂きましたが、その『科学編』についての「メシヤ講座での各所の学びをまとめていく」という構想を楳木先生はお持ちでした。一人でも多くの人が大浄化を乗り越えられるためにとの『文明の創造』に込められました、メシヤ様の深い愛と、現代の人により分かりやすくと願われた先生の想い(慈悲)を出来るところから少しづつでも形にしていきたいと思います。
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『文明の創造 科学編』 の受け止め方-1

 

『病気とは何ぞや』の項

 愈々(いよいよ)之から病気に就(つい)ての一切を解説する順序となったが、抑々(そもそも)病気とは何かといふと、一言にしていえば体内にあってはならない汚物の排泄作用である。従って体内に汚物さへなければ血行は良く、無病息災で年中潑剌(はつらつ)たる元気を以(もっ)て活動が出来るのである。としたら一体汚物とは何であるかといふと、之こそ薬剤の古くなったもので、毒血又は膿化した不潔物である。では何故其(その)様な病気の原因となる処の薬剤を使用しはじめたかといふと、之には大いに理由があるから詳しくかいてみるが、抑々(そもそも)人類は未開時代は兎()も角(かく)、漸次(ぜんじ)人口が増へるに従って、食物が不足になって来た。そこで人間は食物を探し求め、手当り放題に採っては食った。勿論農作法も漁獲法も幼稚の事とて、山野、河川至る処で木の実、草の実、虫類、貝類、小魚等を漁()ったが、其(その)良否など見分ける術(すべ)もないので、矢鱈(やたら)に食欲を満たそうとしたので、毒物に中()てられ、其(その)苦痛を名付けて病気と謂()ったのである。そこで何とかして其(その)苦痛を脱(のが)れやうとし、草根木皮を試みた処、偶々(たまたま)苦痛が軽くなるものもあるので、之を薬と称して有難がったのである。其(その)中での薬の発見者としての有名なのが、中国漢時代に現はれた盤古(ばんこ)氏で、別名神農(しんのう)といふ漢方薬の始祖人であるのは余りにも有名である。

 右の如くであるから、食物中毒の苦痛も勿論其(その)浄化の為であり、薬効とは其(その)毒物の排泄停止によって苦痛が緩和されるので、已(すで)に其(その)頃から浄化停止を以(もっ)て病を治す手段と思ったので、此(この)迷盲が二千有余年も続いて来たのであるから驚くの外(ほか)はない。そうして西洋に於ても草根木皮以外凡(あら)ゆる物から薬を採ったのは現在と雖(いえど)もそうである。従って薬で病気を治す考え方は、之程開けた今日でも原始時代の人智と些(いささ)かも変ってゐないのは不思議といっていい。

 偖()て愈々(いよいよ)之から実際の病気に就(つい)て徹底的に解説してみるが、抑々(そもそも)人間として誰でも必ず罹(かか)る病としては感冒であらうから、之から解説するとしやう。先()づ感冒に罹(かか)るや発熱が先駆となり、次で頭痛、咳嗽(せき)、喀痰(かくたん)、盗汗(ねあせ)、節々の痛み、懈(けだる)さ等、其(その)内の幾つかの症状は必ず出るが、此(この)原因は何かといふと、体内保有毒素に浄化作用が発(おこ)り、其(その)排除に伴ふ現象である。処が其(その)理を知らない医療は、それを停めやうとするので、之が大変な誤りである。今其(その)理由を詳しく説明してみると斯()うである。即ち人間が体内に毒素があると、機能の活動を妨げるので、自然は或(ある)程度を越ゆる場合、其(その)排除作用を起すのである。排除作用とは固(かた)まった毒素を熱によって溶解し、喀痰(かくたん)、鼻汁、汗、尿、下痢等の排泄物にして体外へ出すのであるから、其(その)間の僅(わず)かの苦痛さへ我慢すれば、順調に浄化作用が行はれるから毒素は減り、それだけ健康は増すのである。処が医学は逆に解して、苦痛は体内機能を毀損(きそん)させる現象として悪い意味に解釈する結果、極力停めやうとするのであるから、全く恐るべき誤謬(ごびゅう)である。そうして元来浄化作用とは、活力旺盛であればある程起り易いのであるから、弱らせるに限るから、茲(ここ)に弱らせる方法として生れたのが医療である。勿論弱っただけは症状が減るから之も無理はないが、実際は無智以外の何物でもないのである。其(その)弱らせる方法として最も効果あるものが薬である。つまり薬と称する毒を使って弱らせるのである。人体の方は熱によって毒素を溶かし、液体にして排泄しやうとして神経を刺戟(しげき)する。それが痛み苦しみであるのを、何時(いつ)どう間違へたものか、それを悪化と解して溶けないやう元通りに固(かた)めやうとする。それが氷冷、湿布、解熱剤等であるから、実に驚くべき程の無智で、之では病気を治すのではなく、治さないやうにする事であり、一時の苦痛緩和を治る過程と思ひ誤ったのである。処が前記の如く苦痛緩和手段其(その)ものが病気を作る原因となるのであるから由々しき問題である。つまり天与の病気といふ健康増進の恩恵を逆解して阻止排撃手段に出る。其(その)方法が医学であるから、其(その)無智なる評する言葉はないのである。近来よく言はれる闘病といふ言葉も、右の意味から出たのであらう。

 右の如く感冒に罹(かか)るや、排泄されやうとする毒素を停()めると共に、薬毒をも追加するので、一時は固(かた)まって苦痛は解消するから、之で治ったと思ふが、之こそ飛()んでもない話で、却って最初出やうとした毒素を出ないやうにして後から追加するのであるから、其(その)結果として今度は前より強い浄化が起るのは当然である。其(その)証拠には一旦風邪を引いて一回で治り切りになる人は殆(ほと)んどあるまい。又陽気の変り目には大抵な人は風邪を引くし、風邪が持病のやうになる人も少なくないので、そういふ人が之を読んだら成程と肯(うなず)くであらう。此(この)様に人間にとって感冒程簡単な体内清潔作用はないのであるから、風邪程有難いものはないのである。処が昔から風邪は万病の基などといってゐるが、之程間違った話はない。何よりも近来の如く結核患者が増えるのも風邪を引かないやうにし、偶々(たまたま)引いても固(かた)めて毒素を出さないやうにする。従って結核予防は風邪引きを大いに奨励する事である。そうすれば結核問題など訳なく解決するのである。それを知らないから反対の方法を採るので、益々増へるのは当然である。

 そうして右の如く病原としての毒素固結であるが、此(この)原因は先天性と後天性と両方ある。先天性は勿論遺伝薬毒であり、後天性は生れた後入れた薬毒である。処が其(その)両毒は人間が神経を使ふ局部へ集中固結する。人間が最も神経を使ふ処としては、上半身特に頭脳を中心とした眼、耳、鼻、口等であるから、毒素は其処(そこ)を目掛けて集中せんとし、一旦頸部(けいぶ)附近に固結するのである。誰でも首の周り、肩の附近を探ればよく分る。其処(そこ)に固結のない人は殆(ほと)んどないといっていい。而(しか)も必ず微熱があるのは軽微な浄化が起ってゐるからで、頭痛、頭重、首肩の凝()り、耳鳴、眼脂(めやに)、鼻汁、喀痰(かくたん)、歯槽膿漏等は其(その)為である。処が毒結が或(ある)程度を越ゆると自然浄化が発生するし、其(その)他運動によって体力が活潑(かっぱつ)となったり、気候の激変によって自然順応作用が起ったりする等の諸原因によって風邪を引くやうになる。よく肩が張ると風邪を引くといふのは之である。又咳嗽(せき)は液体化した毒結排除の為のポンプ作用であるが、之は首の附近とは限らない。各部の毒結もそうである。次に嚏(くしゃみ)であるが、之は恰度(ちょうど)鼻の裏側、延髄附近の毒素が液体となったのを出すポンプ作用であるから、此(この)理を知れば実際とよく合ふ事が分るのである。

 右の如く頭脳を中心とした上半身の強烈な浄化作用が感冒であるから、此(この)理屈さへ分れば、仮令(たとえ)感冒に罹(かか)っても安心して、自然に委せておけばいいので、体内は清浄となり、順調に割合早く治るのであるから、此(この)事を知っただけでも、其(その)幸福の大なる事は言ふ迄もない。

 

『病気とは何ぞや』御執筆の二つの目的

それでは先月の、最後の数行を思いだして頂きたいと思います。今回の『病気とは何ぞや』という項目から以降を御執筆になる目的、科学篇を御執筆される理由が書かれていました。

『神としてこういう悲惨な状況を何時までも見過ごすことが出来ない』ということが一つともう一つは『来るべき地上天国に住することが出来る真の健康人をつくるために愈々病気について細かく分析して行く』というふうに書かれていますので、その御心を持って、ここから読み始めていただかなければ、どうしてもこのメシヤ様の御論文を現代に生かすことができません。なぜ生かすことができないかと言いますと、この中で、結核について触れています。

『之程間違った話はない。何よりも近来の如く結核患者が増えるのも風邪を引かないやうにし、偶々(たまたま)引いても固(かた)めて毒素を出さないやうにする。』と。風邪をひかないようにしたり、あるいは引いても固めて毒素を出さないようにするために結核患者が増えるのであると、書かれていますね。これは昭和二十七年頃のことです。

 

現代、一番恐ろしい病気は認知症

結核については、今はそれほど恐ろしくないような時代になっています。今一番恐ろしいのは何かと言うと、何ですかね、一番恐ろしいのは・・病名でゆくと、一番恐ろしいのは、認知症でしょう。認知症だけは絶対なりたくないでしょう。癌になっても、自己浄霊できるけど、認知症になったら自己浄霊できない。何も分からなくなるわけだからね、これほど人間として生きていて恐いことはないです。

仮にずっと痛みがあったとしても、腹式呼吸と、それから痛点を和らげるその取り組みをして行くと、痛みというのは、ずいぶん自分自身で緩和させることができるんですけれども、この認知症だけはね、一旦なったらどうにも自分で治すことができない。気付いた人に浄霊してもらって、それから(浄霊をしていただけるように人に)声をかけてもらうということを重ねてしてもらわないと、治すことができないのでね。

だから、人格がなくなるということほど恐ろしいことはない。まぁメシヤ教の信者さんでも、認知症の方々をお世話する介護のお仕事をいろいろされている方がいらっしゃいますけど、やっぱりね、そのお世話の大変さからいくと、現代の一番の苦しみであろうというふうに、みんなおっしゃってますね。

それで、この認知症の原因はおよそ海馬が萎縮していくために起きると言われていますね。海馬はどういうところかと言うと延髄の一番上の所にあって、認識や思考と記憶を貯蔵するところの接点になるところですね。そこが萎縮してしまうから記憶が途切れてしまう。思い出せなくなってしまう。それで「あなた誰だったかね」という話になってしまいます。

この委縮していくということをずっと考えていくと、メシヤ様の結核に対するこの解釈のところが一番当てはまるんですよ。

『風邪程有難いものはないのである。処が昔から風邪は万病の基などといってゐるが、之程間違った話はない。何よりも近来の如く(ここを認知症)患者が増えるのも風邪を引かないやうにし、偶々引いても固めて毒素を出さないやうにする。従って(認知症)予防は風邪引きを大いに奨励する事である。』というふうに言い換えることができます。

だから、メシヤ様の御心をもってこの各項を読んでいくと、今から60年前の病名と現代の病名は随分変わってきています。それから六十年前の社会状況と現代の状況というのもまた随分変わってきておりますので、変わってきた現代を受け止めて、みんなに説明していくということが、信者さん方の使命になってくる訳ですね。

皆さん方の使命はメシヤ様の御心を根底において現代に当てはめて、そして、苦しんでいる方々に救いの手を差し伸べていくことなんだ、という拝読の仕方を是非していただきたいわけです。

 

薬とは繋がりをブロックするもの

最近の風邪薬の中には安定剤が少し入ってて、それから睡眠薬も入っているので、「これを飲んだら運転しないで下さい」と書いてあるでしょ。ちょっとキツめの風邪薬はね。これらの要素が入っているために、風邪を(根本的に完治すべく)良くするという薬ではないわけですよね。熱が出てくると、ここにも書かれているように、溶かそうとするとそれが痛みとなって出たり、苦しみとなって出るので、それを鎮痛剤を飲むと痛みが和らぐので、風邪の症状が少し治まったように人間は錯覚させられます。それから熱が出ようとするのを、中枢のところを馬鹿にするので、熱が出ないようになります。この働きは場所的には、どこに全部働いていくのでしょうか?脳ですね。だから司令塔ですから、脊髄の一番上にのっかってる延髄ですね、延髄のところに、どんどんそういう薬が加わっていきます。その延髄の側に海馬がある、海馬の絵を見たら、ちょうど延髄の側にあるでしょ。これがどんどん海馬に・・、だって同じことでしょ?熱が出ようとするのに押える、痛いのを痛くないようにする。作用としては認知症状態にするのです。解熱剤の一番分かり易い(作用)のはブロックするわけですからね。

風邪の痛みの場合は、ブロックというのは分かりにくいのですが、例えば、手先が痛い時に痛み止めを打ったり飲んだりすると、ここから薬はずっと入って行って脊髄に入っていきます。脊髄から上に繋がってきて、ここの接点(延髄)を通して痛みを感ずるところ(脳)に信号が送られて来て「あぁ痛い」と感じますね。ここの所の繋がり(延髄)をブロックすれば、頭まで痛みの信号が届かないので、痛みがなくなったように錯覚するわけです。

これ(錯覚)は夏、かき氷を食べた時に頭が痛いのと一緒です。本当は、頭は冷たいと思わないといけないのに、急激に冷えると痛いと感じてしまう、こういう(急激な異常にたいする)(脳の)勘違いが頭の中で起きてきます。この脳で勘違いすると、これは霊体一致の法則で、(急激な異常な刺激を)痛いというふうに感じてしまうということです。冷たいのが痛いと感じてしまうということです。こういう作用がこの頭に中で起きてきます。

これ(薬毒)がずっと頭の中で蓄積されると、メシヤ様は『(今の人は)延髄をよく浄霊しなさい』ということをおっしゃっていたんだけれども、現代の人はよっぽど延髄をしっかり浄霊しておかないと・・。

というのは、風邪をひいて風邪薬ばっかり飲んでいる人や、大きい手術の際に麻酔剤を使ったりその後の鎮痛剤を入れたりした人は、もう認知症一直線という道を歩んでいるわけですので、そこで、気がついた人は、徹底的にこの延髄付近を良く浄霊していただいて、そして毒素を排泄していかないといけないですね。

ですから薬というのは繋がりをブロックしてしまうのです。このブロックが記憶のブロックに繋がっていくのです。だから恐いのです。

そういうことが一つあります。それからもう一つは、一方向の情報しか入ってこないということが一人暮らしの場合起きてきます。例えばテレビだとかラジオだとこっちの意見は言わないですね。意見を言ってそれに反論するいわゆる軽い喧嘩みたいなことがないと人間としての刺激がなくなるので、そっちの部分が疎かになってしまいます。

 

化学物質、添加物が細胞分裂の不調和をひきおこす

それから先ほど皆さんが仰った癌ですね。癌というのは先ほど○○さんと話した時に「クロス自体が悪いのではなくてクロスを貼りつける接着剤が悪いのだ」という話をしました。科学物質が我々の住環境の中では蔓延(まんえん)しています。また食品にも添加物が入っています。作物には農薬や化学肥料が入っています。そして、薬を常用するような生活になっていきます。それが体の中に入ってきて、中に残留すると細胞分裂に異常が出てくる場合があるのです。

調和のとれた細胞分裂をしているうちは良いのですけども、細胞自体が奇形化するという、いわゆる突然変異性要素をもった形で定着してくると癌化してくるということになってきます。

これが大きな理由になってくるので、今回の御教えをもとに現代を見つめていくと〝我々を取り囲んでいる恐ろしい病気の原因はここにあるのだ〟というふうに繋(つな)いでいかないと、結核というと「古い話ね。」というふうに留めてしまうのです。

 

社会情勢を把握し現代に御教えを当てはめて考えよう

しかしそうなってしまうと御教えを現代に生かすことができません。メシヤ様は御昇天になって㊟五十六年経っていますので、五十六年前の社会情勢と現代の社会情勢は全く違います。現代に当てはめるようにぜひ若い方々はそういう拝読の仕方をしていただきたいと思います。

㊟平成23年時点

それをお願いしておいて冒頭から確認していきますと、

 

病気とは汚物の排泄作用

『抑々(そもそも)病気とは何かといふと、一言にしていえば体内にあってはならない汚物の排泄作用である。』ということですから、「病気とは汚物の排泄作用なんだ」ということを一言でまとめていただいておりますので、これを「病気の概念」として持っておいていただきたいということですね。

 

薬毒とは薬剤の古くなったもの

次に『従って体内に汚物さへなければ血行は良く、無病息災で年中溌剌(はつらつ)たる元気を以(もっ)て活動が出来るのである。』

汚物さえなければ我々は元気に過ごすことができるということですね。だからその汚物とは一体何かというと『一体汚物とは何であるかといふと、之こそ薬剤の古くなったもので、毒血又は膿化した不潔物である。』ということですから、この『薬剤が古くなって毒血としてあるものと濃化した不潔物』だと、ここは良くチェックしておいてください。

我々は毒素と一義的に言っているのでなかなか薬毒というものを掌握(しょうあく)できないのですが、メシヤ様は『薬剤の古くなったもので、毒血又は膿化した不潔物である。』と・・・・これは随分イメージが湧くでしょう。薬毒のイメージが。

「病気の原因は何て書いてるの?」と言われたときに、「薬剤の古くなったもので、毒血または濃化した不潔物である」と、こういうふうに明確に言葉に出していくと相手の方は納得せざるを得ないように受け止めていきます。メシヤ様のお言葉を代弁するからね。

だから、メシヤ様のお言葉を代弁する気持ちがなくて、勝手に説明するから訳分からんようになっていく、というか相手に伝わらなくなるんです。

だから「我が教組はこのように述べてます」ということで、この短い文章で、「『薬剤の古くなったもので、毒血又は膿化した不潔物である』というふうにおっしゃってます」と言えば向こうは、「あっ、そうなんか」というふうになってきます。「じゃあ、この薬剤の古くなったもの、ってどういうことなの?」と、聞いてきます、頭のいい人はね。説明となると、ここには書いていません。

ここに書いてないので、そういう時には、世の中でキャンペーンをはっていることの中から一つ例題を持ってきて、ここにつけたしてもらいたいんですね。その時に一番分かりやすいのは、いわゆる“覚せい剤は何故恐いのか”というキャンペーンをずっとはってるでしょ。要するに「人間の中の脳が出すドーパミン等は、自分で作り出した快感物質なので、自分で自動的に出すことができます。しかし、外から入れた快感物質である、いわゆる覚せい剤は、よそから入れたものなので、自分で分解して出すことができないんだ」と医者はみんな説明してます。

覚せい剤の恐ろしさというのを説明した時に、「自分で作り出した快感物質は自分で作り出したものなので、自分で分解して外に出すことができるけれども、外から入れた快感物質は自分で分解して外に出すことができないので、そこでここに依存が残るんです」と、こう言っている。医者が言っているんです。

こんなことが分かっているのに、他の薬に当てはめて考えることができないというのが、現代人です。応用能力がないんです。要するに言われたことは認識するんだけれども、その同じ要素で違うことが認識できない、これが今の学習方法です。いわゆる学校で学んできている学習方法の一番の欠点です、応用能力がない。一つの理論を応用していろいろ考えていくという能力、応用能力を育ててないために、そういう貴重な話しを聞いた時に応用して全ての薬に当てはめて、「この薬はどうか?この薬はどうか?」と考えることができない。そういう応用能力を育ててもらってないために応用がきかないので、ドンドンドンドン薬毒にはまっていっているんです。「このはまって行っている現状を、メシヤ様の御教えによって、あるいは浄霊の力によって救済するというのが、我々メシヤ教の信者の役割なんだ」と、こういうふうに受け止めておいていただきたいと思います。だからここはよく暗記しておいていただきたいと思います。

 

迷盲が二千有余年続いて

それから次の部分

『右の如くであるから、食物中毒の苦痛も勿論(もちろん)其(その)浄化の為(ため)であり、薬効とは其(その)毒物の排泄停止によって苦痛が緩和されるので、已(すで)に其(その)頃から浄化停止を以(もっ)て病を治す手段と思ったので、此(この)迷盲が二千有余年も続いて来たのであるから驚くの外はない。』

『此(この)迷盲が二千有余年続いて』ということです。これが歴史ですから。二千有余年、おおよそ仏教の歴史と神武天皇の皇紀と同じだということです。

                      

ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典より引用

神武天皇即位紀元

神武天皇即位紀元(じんむてんのうそくいきげん)は、初代天皇である神武天皇が即位したとされる年を元年(紀元)とする、日本の紀年法である。略称は皇紀(こうき)という。外にも、皇暦(こうれき)、神武暦(じんむれき)、神武紀元(じんむきげん)、日紀(にっき)などともいう。年数の英字表記では、「Koki」や「Jimmu Era」などといい、皇紀2660年を「Koki 2660」「Jimmu Era 2660」などと表記する。紀元節(現在の建国記念の日)廃止までは、単に「紀元」と言った場合には、神武天皇即位紀元(皇紀)を指していた。

西暦2011年は、神武天皇即位紀元(皇紀)2671年である。

                      

三千年間の罪穢れは日本人が薬毒にやられた歴史

これが薬毒に日本人が冒されてきた歴史というふうに見ておいていただきたいと思います。しかもそれが『夜の時代』だということです。

盤古氏が作り上げた漢方薬の考え方は、中国人が考えているわけですから。そういうふうにして歴史と御教えを照らしていくと、ようく我々の日本全体の事が掌握できるということです。

同時に、素戔嗚(すさのを)尊がそれより四百年くらい前に日本に押し寄せてきて、それによって伊都能売(いづのめ)神皇が日本から脱出した訳です。そのあたりの歴史がピッタリあっているということです。そういうふうにして、この点をとらえていただいて、そして約三千年間の罪穢れというのは日本人が薬毒にやられた罪穢れなんだというふうに解釈しておけば良いと思います。

こういう解釈をしておかないと、どうしても御教えだけがズーッと浸透して行って、日本の歴史、あるいは日本の現代社会と繋いで御教えを解釈していくことができにくくなりますのでね。

 

恐るべき誤謬(ごびゅう)

それから次の箇所ですが、

『此(この)原因は何かといふと、体内保有毒素に浄化作用が発(おこ)り、其(その)排除に伴ふ現象である。処 が其(その)理を知らない医療は、それを停めやうとするので、之が大変な誤りである。』

誤りというのは、人体のことがさっぱりわかっていないがために誤りを伝えてきたんだということです。

それから

『其(その)間の僅(わず)かの苦痛さへ我慢すれば、順調に浄化作用が行はれるから毒素は減り、それだけ健康は増すのである。処が医学は逆に解して、苦痛は体内機能を毀損(きそん)させる現象として悪い意味に解釈 する結果、極力停めやうとするのであるから、全く恐るべき誤謬(ごびゅう)である。』ここは明確に頭に入れておいていただきたいと思いますね。

 

活力があるから浄化をいただける

『そうして元来浄化作用とは、活力旺盛であればある程起り易いのであるから、弱らせるに限るから、茲(ここ)に弱らせる方法として生れたのが医療である。』浄化をいただくということは人体が弱ったわけではないのだ、と。活力があるから浄化をいただくのだ、と。

㊟支部長代理の場合は御教えの編纂、校正作業をすることによって魂に光がガンガン入ってきたから、それが『霊主体従の法則』によって体を浄化せしめたと解釈していけば良いと思います。それで実際浄化しているところを皆さん方見られたわけなので、見たまんまだということですね。

㊟ヘルニアの浄化に関して

 

現代、認知症・癌の多い原因

それから、癌のとりわけ腸の癌が増えています。大腸癌が・・・。この大腸癌が増えている理由の一つにサプリメントがあります。サプリメントを使うようになると小腸が働かなくてよくなるので。小腸というのは、先月も色んなところでお話したんですけど、小腸というのは、第二の脳と言われています。それは、なんで第二の脳かというと、およそ38億年前にこの地球上に生命が宿りまして進化を遂げてまいりました。そして、目に見える形になってきましたが、原生動物というのは、アメーバみたいなのが、こんど肉体を持った形になった時に、だいたい原生動物というのは、その辺にも一杯いますけれど、ミミズ。ミミズは何ですか?ミミズそのものは腸みたいなものです。口からものを入れて肛門から出す動きだけでしょ。ズーっと一本中通っているでしょ。一本線。複雑に何も胃とかない。食道もない、胃もない、十二指腸もない・・・(笑い)食べたらずぅっと出てくる。そして、いわば我々にとっては土をきれいにしてくれたり、耕してくれたりという働きをしてくれているけれど、あれは、ほぼ腸です。この腸から実は脳も出てきているわけです。腸がズーっと進化してきて色んなものができて来て人間までたどり着いている訳です。

だからこれを称して腸は第二の頭脳だと言われている訳です。この小腸が働かなくてよくなるということは、サプリメントを食べると小腸は働かなくて良いです。消化しないでも栄養素が血液の中にすぅっと入っていきますから。そうすると腸が働かなくなるので、腸が働かなくなると体全体にものすごく悪い影響が出てきます。要するに働かなくてよくなるので、肉体が。そうすると肉体は何ていうか、ボーとしてしまう。横着になってくる。(笑い)そんなことになってくるので、実はメシヤ様がここに結核患者と書かれていますけれど、今はもっとひどい状態ですね。認知症とか、癌という症 状がこんなに多いというのはこういうことが原因だということです。

 

羊水がシャンプー臭い

『そうして右の如く病原としての毒素固結であるが、此(この)原因は先天性と後天性と両方ある。先天性は勿論(もちろん)遺伝薬毒であり、後天性は生れた後入れた薬毒である。』とこういうふうに書いておられます。こういう遺伝毒素というのはなかなか認識しにくいですよね。先天性毒素、前世からきているとか、あるいは先祖からの毒素を受け継いでいるというのは、なかなか一般の方々は理解しにくいです。(大阪)

『先天性』と『後天性』の毒素と書かれていますけれど、先天性ということで判り易いのは、胎内に赤ちゃんがいる時、体に入れた薬毒。それからお母さんが妊娠する以前から飲んでいた薬毒が蓄積されていて、そこで胎児として十ヶ月間過ごすために・・・・・。

今、産婦人科が一番びっくりしている内容を聞いたことはありませんか。「羊水が変だ。」ということを聞いたことないですか。産婆さん方が一番驚くのは「羊水がシャンプー臭い」ということです。母親の使用しているシャンプーが羊水に入ってしまうのです。産婦人科の中で、「現代の女の子達はおかしいね。」と話題になっているそうです。最近の子はいかに香りを髪の毛に残すかということに真剣でしょう。髪をかきあげたときにフワーッと香りがひろがるようにしたい、そのためには定着させようとしなくてはなりません。定着させることを髪の毛だけだとみんな思っているけど、定着させるということは体内に定着させるということですからね。自然と体の中にまで入ってきて羊水にまでその匂いが染み付いてしまうのです。このような恐ろしいことが現実に今起きているのです。

これからお嬢さん方を育てる人はシャンプー関係について良く気をつけておいていただきたいと思います。言い方はおかしいですが、女性が出す匂いというのは本来男が惹きつけられる匂いなわけなのですけども、シャンプーの匂いで惹きつけようと錯覚してしまう若い子が増えているということです。本来フェロモンとかいうのが出てきて、それに男性が惹きつけられてこの人と一緒にいたいとか思うのですけども、今はシャンプーとかリンスの香りでいい匂いを発散させようと錯覚してしまっているということが起きている。ですから子供を育てる時には生の動物的な人間的なことを重視できるような子に育てていっていただきたいと思います。

それから前世からきている毒素があります。これは以前も話したことがありますが、今はゲノムまで解析されていますので、遺伝子レベルで前世から受け継いでいるものが大体わかるようになってきました。

しかし、これはわかりすぎるので発表すると大きく差別の対象とか、いじめの原因になるので発表を一切していません。ですが、そういうことは今医学上わかり始めています。

その先天性毒素とは何かということですが・・、奇形児というのはほとんどお腹の中で処分されるので、表に出てくることは非常に少なくなったけれども、・・しかし、どの睡眠薬を飲むと、だいたいどこが切れるということとか分かってますね。

大勢身体的不具の方が出てきた時に、睡眠薬までたどり着いたという事例がいくつかありましたね。だから体内にいるときに、母親が使った薬が子供を異常にしてしまうということが分かっています。分っているんだからその対症法として、医者は母体に薬を飲ませないようにすればいいのに、それはしないで、胎児が奇形児となった時に、それを始末するという対処法に出てしまっているという、これが今の産婦人科の一番の問題点ですね。

だから、お腹の中をより正確に見るために、エコーだけでなくて、形をキチッと見るために科学技術で補っているわけですね、そして、少しおかしな所があると、異常があると、「お母さんこの子どうしますか?産みますか?」と聞くわけです。そうすると、「私自信ないわ」、「そうでしょうとそれでは残念だけど、掻爬(そうは)しましょう」と、まっ掻爬という言葉は今使わないで、「それじゃあ残念だけども処置しましょう」ということで掻き出してしまいます。そういうようなことをずっとしている。これが大変恐ろしいわけです。

だからその原因は、遺伝毒素よりも、もっと身近な母親から直に受け継いだ毒素、ということになっていきます。そういうふうに説明していけば、どなたでも分かるはずです。

特にご婦人方は、若い大勢の方々が、大抵第一子は流産してしまいます。その理由は何かというと、その人の保有している毒素ということが言えるし、その人の親から受け継いだ毒素も排泄しないまま固め続けていっているので、自分では子供をお腹の中に宿すことは出来るけど、十ヶ月間お腹の中で育てることができない、十ヶ月間育てたとしても奇形であれば始末するというようなことが、ずっと繰り返されていますので、そういう事例を女性同士であれば説明していけば、非常によく分かると思います。それが今の時代の苦しみですよ、特に女性においては。遺伝毒素としては、そういう話を事例に挙げていただきたいと思います。

先日から色んなところで話しが出るんですけれども、学業は非常に優秀なんだけれども、人間的には人間関係を築いたりすることができない子供たちがものすごく増えているんです。特に東大生なんか、アスペルガ症候群の人達が結構いるそうです。アスペルガ症候群は一つのことを記憶して覚えていってマニュアル通りの答えを書くことにはものすごく長けているんです。しかし、応用問題とかになってくる文章論とかを書くということになってくると少し苦手になってくるし、また、人と人との人間関係を作る時には非常に苦手になってきます。そのために、この社会がギクシャクしてくる訳なんですよね。そういった問題が提起されてもいます。

この増えている原因は脳に欠陥がある訳ですね。脳が細胞分裂する ときに、たまたま薬剤が関わるとその一番大事なところだけ細胞分裂がちょっと突然変異を起こしてきて人間と人間の関係を作ることができないという、そういう欠陥が生まれてくる訳ですね。そういうことは我々の体の中には一杯起きております。で、体が表面的に手や指がないとか、手がここから無いとかということは、ほとんど抹殺されます。これは体内を検査をして、「あ、手がない子供です。どうしますか?」「あ、始末してください。」とか、あるいは生まれてきて人間の体をしてないお子さんとかが出てきた場合、「このお子さんを育てていきますか?どうしますか?」という相談をしてくれる産婦人科だったらまだ良いけど、「これはもうとても育てられない」と言って始末して「死産です。」と全部処置していきます。だから、今の若い人達の最初の子供は、流産する人が多いです。これは母体がそれだけ、子供を育てることができないようになってきているということですね。だから特に娘さんを育てているご家庭であれば、よっぽど気をつけて育てていかないと、最初の子供が流産したり死産したりというようなことが起きてきてしまいますのでね。まあその、よっぽど注意して子育てをしていかないと、自分の孫の時代には大変なことが起きてくるということが、危惧されている今日この頃ですのでね。

 

両毒は人間が神経を使ふ局部へ集中固結する

それから次の箇所

『処が其(その)両毒は人間が神経を使ふ局部へ集中固結する。人間が最も神経を使ふ処としては、上半身特に頭脳を中心とした眼、耳、鼻、口等 であるから、毒素は其処(そこ)を目掛けて集中せんとし、一旦頸部(けいぶ)附近に固結するのである。』

この固結のリズム、メカニズム、これも頭の中にしっかり刻みこんで置いて下さい。そうしないと、「最近私ここ凝るんだわ」と十年、二十年信仰している人が、「どうしてやろう?」とかいうことを平気でいうからね。御教え全く理解してないということです。これが今回、支部長代理がいただいた浄化の典型的なところだからね。今回の御教え拝読に前もって浄化をいただいたのですね。体を持って証(あかし)立てるようにいただいた浄化だと受け止めていただいて、みなさん全体の大きな学びとなりましたね。

 

御浄化のいただきかた

そこから少し下がって次の箇所

『処が 毒結が或(ある)程度を越ゆると自然浄化が発生するし、其(その)他運動によって体力が活撥(かっぱつ)となったり、気候の激変によって自然順応作用が起ったりする等の諸原因によって風邪を引くやうになる。』ということですから、自然浄化作用が起きる要因の中には、体力を活発に使ったりすること。それから季節の変わり目、気候の変わり目の時に鼻炎が起きたりするというのは、花粉だけの問題ではないということですね。

こういう三つの要素を良く掌握しておくと、浄化はどうやっていただけるかということがわかりますので、心配事がなくなります。浄化することによって自分の毒素が排泄されるわけなので、毒素が排泄されないと、地上天国ができてもそこに住することができないのでね。せっかく信仰していても勿体無いのでね。

今の支部長代理の場合は腰にきました。しかし、血圧の薬をズーッと飲んでいる人が「止めて浄霊一本でいきましょう」という時には、頭がモワッとするような症状がいつも起きてきます。これを〝早く何とかしたい〟ということになると、血圧の薬にもう一回手を出してしまう。しかし、我慢して薬を使わないでいるとジワリジワリとれてくる。この期間が非常に長い血圧の場合ね。長くて大変なのですけども、そのモワッとすることによって〝自分は天国に住むことのできる体になるんだ〟という、先に希望を持って生きていかないと浄化を乗り越えることができないということですね。

浄化の発生原因は大きく三つだと、分類して理解することができるということです。ある程度毒結が越えると(生存を続けるために)自然浄化作用が起こる、これが最初の理由ですね。

それから2つ目は、運動によって体力が活発となった時も浄化作用が起きるということです。だから私も皆さん方に米を送ったけどね、それでまた来年夏になってから急に体を鍛え始めるのがキツいから、そのまま腕立て伏せと腹筋を続けています。来年のために体力を維持するためにね、そうすると今月は私は浄化をいただいています。体力がついてきてる、活発になってきているので、すごく浄化をいただいて、夜いつもよりも長めに浄霊をしておかないとしんどいので、夜寝る前に長めに浄霊をいただいて休むということを心がけています。

それから3つ目は、気候の激変によって自然順応作用が起ったりする、ということですから、この浄化作用の起きる要素、原因はこの三つがおおまかに解釈できることなんだと。そういうように自分の中に取り込んでおくと、浄化作用というものの考え方が随分変わってきます。このことを明確に入れておかないと、○○○○会みたいに、「あんたそんなことしてたら浄化するよ」と脅かしの浄化の話になってきます。浄化というのはありがたいはずなのに、浄化が恐怖信仰として扱われている。これはメシヤ様の御教えを全く理解してないために使われている言葉であります。

御心に合わないと何か異変が起きてくるというのは、お気付けか、祖霊の戒告かどちらかで、浄化作用ではないわけです。だから、浄化の御教えを認識していないで(浄化という)言葉を遣ってしまっているということです。そのことを、自分がしっかり明確に御教えを理解しておかないと、「間違ってますよ」というふうに言えない。「今の先生の話、間違ってますよ、訂正して下さい」というふうに、やっぱり言っていかないといけない。しかし、そんなこと言ってたら「もう!けしからん!!」という話に向こうはなるだろうけど(笑)、しかし、その時にパっと御教えを取りだして、朗々と読み上げて、「これを何とする」というふうに、もう一回返していくぐらいのね、御教えに対するしっかりした理解度を自分達が積み上げていく。ということを心がけていただきたいと思います。

 

実はこれが幸福なんだ

『此(この)事を知っただけでも、其(その)幸福の大なる事は言ふ迄もない。』実はこれが幸福なんだ、と。このことを知ったことが・・・。これを知らないと安心立命の生活ができないから。

だから幸福者とは何かというと、病気の概念が明確に分かった、「浄化作用のことが明確に分かった人が幸福者だ」ということです。お金が溜ったのが幸福者じゃないわけです。

「その原理を知っているだけでも幸せやなぁ」と思ってるという話が出ましたが、『知っててやらないのが一番罪が大きい』とメシヤ様はおっしゃっています。「だけど浄霊はしているからね。」と言いますが、浄霊してるんじゃなくて、薬飲んでるじゃない。これほど罪づくりをしていることはない。分からないでやった人の飲んだ薬は(知っててやっている罪からすれば)大したことないわけで、知ってて飲んだ人間の罪たるや大なることだからね。それを指導した人間というのは、もう大罪を犯した・・、大罪人になっているんです。

以上