救霊

ハワイ教会落成式に賜った御言葉

右のごとく霊の穢れた人は焼かれ滅びるとしたら、そういう気の毒な人を一人でも多く救わなければならないから、その霊を救うのが浄霊であります。それで浄まった人だけが大峠を無事に越せる人間となるばかりか、その功によって自分自身も救われるのでありますから、まず一挙両得というわけであります。

パンフレット、昭和29(1954)226日発行

 

私は嵯峨に別院を造るのは、つまりそういった各寺々の仏様の霊を救うためもあるという ことを言ったのです。『御教え集』21号、昭和28(1953)515日発行

 

――彼岸の中日に先祖の墓にお参りいたしました際、ちょっと無縁仏に争お参りいたしましたが、帰宅後娘を御浄霊いたしますと、その無縁仏が懸って来まして、毎月二十一日にお経を上げてくれと申しました。これはやはり毎月二十一日にそこへ行って善言讃詞を上げねばいけないでしょうか。それとも家にいて善言讃詞を上げるだけでよろしいでしょうか。また二十一日以外にお墓参りいたしましたとき、その無縁仏にお参りすることはいけませんでしょうか。

 

 これは一々行かなくても、その方向に向かってその無縁仏にあげる気持ちでやれば、霊にはちゃんと判りますからね、それで結構ですよ。それからいつでも参ったらいいですよ。それだけ功徳を積むことになりますからね。生きた人間を救うのも肝心ですが、死んだ霊を救うのも大いに肝心ですよ。実はそのほうがいっそう肝心ですよ。人間はなかなか理屈なんか言ってて判りませんが、霊のほうはすぐに判りますしね。そして霊は一瞬にしてどこへでも行けますからね。それで人にかかって教えるんです。かかってと言っても神憑りとは違って、そういう気持ちにさせるんですよ。救われた霊が働きかけると、「どうも観音教ってのはいい」なんていう気持ちになってきてね、そのうちに「観音教はいいんだ、とてもいいんだ」っていうふうにさせますからね、霊を救うほうが大きいんですよ。だから、無縁仏にもできるだけお参りしてやったほうがいいんです。

 

――戦死した霊はお祀りしないと帰れないものでしょうか。アッツ島で玉砕した霊はそのまま現地に残っているとのことですが、各家庭ですでにお祀りしてあることと存じますのにどうしたわけでしょうか。

 無論、お祀りしなくちゃいけませんね。お祀りすれば早く帰れるんですよ。帰還兵が帰ってみて家がないと困るのと同じ理屈でね、居場所を作ってやるわけですよ。だから一日も早く祀ってやったほうがいいんです。お祀りすると、その想念がアッツ島ならアッツ島に通じて、霊がそれだけ向上するから早く救われるんですよ。ちょうど、ソ連にいる残存者が、こっちで帰還促進運動をすると、早く帰れるようなもんですよ。

『御光話録』11号、昭和24(1949)821日発行

 

外殻的文化 

そうして弱肉強食的文化、言い換えれば、悪魔的文化から生れるところのものは、悪魔的医術であるべきであり、道義的文化から生れるところのものは、道義的医術であらねばならない。さきに説いたごとく、体主霊従と霊主体従との文化の交代である。故に、本医術なるものは、生れるべくして生れたのであって全く自然であり、そこに何ら人為的理由はないのである。
 日本人と欧米人との霊性について、最も解り易くいえば、日本人は、霊六体四であるに対し、西洋人は体六霊四というような訳である。故に、来るべき文化は霊五体五となるので、それが真の理想的文化の真髄である。
 そうして体的文化とは、人体にたとえれば肉体文化である。肉体はいわば外殻である。樹木にたとうれば枝葉であり樹皮である。西洋医学の研究と理論が、すべてにおいて外殻的である事である。故に、病原は専(もっぱ)ら黴菌となし、黴菌が外部から侵入して発病するというのである。この意味において本医術が、病原は西洋医学の外部から内部に向って侵入する説とは反対に、内部から外部へ向って排泄するというのである。

『明日の医術 第三編』昭和18(1943)1023日発行

 

 

私としては、霊界へキチンと行っていない人への救霊が大切だと考えています。それから、邪霊ですね。善言讃詞にあるように、メシヤ様に服(まつろ)わせ、解脱させていかねばなりません。これには細心の注意が不可欠です。」

メシヤ講座・特選集(平成141月分)より

 

「戦後70年の安倍首相談話」への感懐

さて、8月は日本としては戦没者を慰霊する行事が執り行われると共に様々な記念式典が執り行われました。一つひとつのどれも重要な催しではありますが、広島原爆投下の日に行われる「平和記念式典」では、新たな決意を胸に認(したた)めました。

メシヤ様は、戦争犠牲者は国家のために命を落としたのだから、たとえ霊体が粉々になったとしても復元が許される、と教えられておりますが、更に救霊が許され霊籍の向上が許されるようにお祈り申し上げました。不戦の決意としては、薬毒による精神病が戦争の原因である、とする御教えに基づいて、メシヤ様の御言葉『世界に知らせよ薬禍薬害』の宣布に一層身を捧げることをお誓い申し上げました。

メシヤ講座・特選集no.175(平成278月分)

 


『地上天国建設』が絵空事にならぬための行動

地上天国建設というのは現実的にはまだ絵空事であります。メシヤ様が『アメリカを救う』と宣言なされた、そのアメリカもまだ布教の緒に就いたとは言えません。御在世中から布教は展開されていましたが、救う事が出来ないでいる現状があります。

これは今回の『文明の創造』の未定稿論文の中に書かれた、『基督教と善悪』の中に、聖書が創られた背景ということをメシヤ様は明かされております。それに欧米諸国はまだどっぷりと浸かっているために、例えば自殺をして霊界へ行った方々の、その霊界での裁きに対する認識が全く違った形で教えられているために、多くの方々が、彷徨(さまよ)っております。

本来、自殺をした場合は、自分で自分の命を奪ったわけですから、殺人罪ということが一つあります。それから死んだ時点で不慮の事故ですので、地縛霊になっていくのです。このことはキリスト教的に言えば「懺悔(ざんげ)をすればその罪は救われる」ということで教えておりますので、その地縛霊と殺人罪での『霊界での裁き』ということを曖昧にしております。しかし、メシヤ様の教えに照らしていけばこれは大変なことでありますので、その現地で地縛霊に対して慰霊活動を重ねていかなければ、『真の救い』ということはあり得ません。

そのことに一歩ずつ取り組んでもらいたいということで、今アメリカの中で、〝一つの波紋掲示版″に書き込みされている〇〇さんと遣り取りをしていますけれども、夕べのメールでやっと、現地に行ってお参りをするというところまできました。その方は遺族と何度も遣り取りをしましたが、「アメリカでは難しいのです。」という返事が来ていたわけです。しかし、「メシヤ様の御神意に基づいて我々は『本来の御神業』を進めていかなければ『地上天国建設』はあり得ないのだ」ということを、何度も何度も書いておりましたところ、夕べはそうした返事がきましたので、まずは〝そうしたところからアメリカの霊界を変えていくようなことができれば大変有り難いな″というふうに思いました。(628日に救霊に関わる特別御祈願、遺族による現地での慰霊祭が執り行われた旨の報告をいただきました。まず第一歩が踏み出されました。)

それで、メシヤ教も英文のサイトをこれから・・・最初から高度なサイトはできませんので、英文で遣り取りをする書き込みをして、日本人に知らせるのではなくて、アメリカ人やヨーロッパの方々に少しずつ知らせていくサイトをこれから開設するということを夕べ大体決めましたので、どのような形にするかはこれから具体化して行きたいというふうに思いますメシヤ講座・特選集no.137(平成246月分)

 

先日勉強会の資料を作成した時もこのメシヤ講座がヒットし取り上げました。

この時は「自殺」をキーワードに、今回は救霊をキーワードに検索しました。

英文サイトとあわせてこの内容の「救霊」「海外布教」ということを意識していかないといけないのではないでしょうか。

 

〇〇〇教の中でですね、慰霊祭とか祖霊祭祀という言葉だけがずっと出てきたので、メシヤ様の本来なされたのは「救霊」ですので、「慰霊」ではない訳なので、この「救霊」ということをもう一度私達はしっかり受け止めていただいて、いろいろな因縁の方々をお救いさせていただく時には、まず支部へご案内して、そしてメシヤ様に許しを請うような御参拝を一緒にさせていただいて、「お許しを請う以上は、その許していただける御神業に共々に取り組ませていただきましょう」というような話をさせていただいて、一緒に御祈願をさせていただくのが非常にいいかと思います。

2014年(平成26年) 7月度 メシヤ講座大阪

例えば、霊障についての相談をしたが、「こういう人が浮かばれないで頼ってきているので、供養しなさい]]と言われ、取り組んでも変化がないと、「誠が足りない」と責められる。供養料ばかりが嵩むという話ですね。これは宗教ではありませんで、霊感商法の類です。もし霊障の相手が判ったらどうすべきかですね。宗教家ならば、霊に対して諭してやらねばなりません。霊界の修行は何と言っても「我と執着」を取ることですから、何時までも恨んでいたり、心配していたら執着が取れないので、結局何時まで経っても救われないことになります。私は「救霊」を心掛けていくことが宗教の使命の一つだと思います。それから「慰霊祭」というのも人任せにせぬ方が良いですね。それぞれの宗教で、慰霊祭の斎行方法を知り得たならば、自分の霊性を高めつつ真心を込めて自分で取り組んでいく事も大切です。

 

宗教のボーダーレス化

 私は、宗派にとらわれませんので、現在の信仰を続けていても「浄霊力]]を授けますよ、と言ってます。それは、それぞれ各宗派によって尊称は違っても最高神を求めていることには違いがない訳で、その最高神が『誰にでも「浄霊力]]を授ける』と仰っているのですから、その恩恵を取り次ごうとしているのです。言わば、宗教のボーダレス化ですね。その延長線上には民族紛争消滅の願いもあります。民族紛争などという悲劇を滅していかねば、宗教の意味が見出せなくなります

 

 

(お話) 青年布教師時代(二)         メシヤ教代表 楳木和麿


霊憑りの話

私は、早速苦しんでいる方のお宅へ出向きました。典型的な霊憑り状態でした。霊憑り状態の方に取り組む場合、メシヤ様の教えでは『九割方は動物霊である』ということですので、真相を見極めその言動に惑わされないように細心の注意を払うことが肝要です。

 つまり、九割方は動物霊であるので、人霊であるかどうかを見極めることが重要なのです。そのためには、浄霊をする場合、相手の目の奥を見据えて憑依する霊自身に向かって浄霊をすることが不可欠です。どのような現象が起ころうともたじろがず、断固たる救霊の精神で相対すれば、動物霊は逃げ出し、人霊は救いを求めます。

 腰を据えて浄霊に取り組みますと、憑依した霊が願いを告げ始めました。その霊は他宗教の熱心な信者でしたので、死後苦しんでいる当人から「祖霊祭祀」をされてしまい迷惑をしているということでした。それは教えにも叶っていることなので、願いを聞き入れるように答えましたところ症状は落ち着きました。

 

 

そこで救霊ということも重要になります。昨年来、神様から特に知らされることは、葬式の儀式の中で最も大事なのが、『火葬後の御骨拾い』と『帰家祭』ということです。近年は、医療の対応の拙さもあって、死の自覚を持たずに他界する方が増えています。そのため、御骨になった時に自分の遺骨で あることが解らない霊が多いということです。ですから、中空を見据えて〝今このように汝命(なかみこと)の遺体は骨に帰したので、共に家に帰るべし〝と声を掛ける必要がある、といことです。

メシヤ講座・特選集十四(平成十四年一月分)